人獣共通感染症 第64回
世界のエマージングウイルス感染症へのCDCの対応


霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第64回)8/1/98

 前回の講座の最後に、CDCのブライアン・マーヒーへのインタビューの記事について触れましたが、今回、岩波書店の了解のもとに転載することにしました。

世界のエマージングウイルス感染症に備えて
アメリカCDC部門長Brian MAHYインタビュー
科学(岩波書店)1998年6月号より転載

要約
 「エマージングウイルス感染症対策の世界的リーダーであるBrian MAHY とのインタビューをおこなった。エボラ出血熱への緊急の対応、香港のトリインフルエンザ、アフリカでのいくつかのエマージングウイルス感染症への取組が、迫力ある生の声で語られる。さらに、きびしい状況下でのレベル4実験室の活動、21世紀に向けてのCDCの感染症対策の計画、ウイルス病根絶への展望についても紹介されている。」

 アメリカ合衆国ジョージア州アトランタにあるCDC(疾病予防センター)のウイルス・リケッチア部門は、エボラ出血熱など急性出血熱ウイルスの診断を行ったホットゾーンとして有名な特殊病原部をはじめ、インフルエンザ、肝炎、呼吸器および胃腸炎ウイルス、発疹ウイルスおよびヘルペスウイルス、人獣共通感染症の各部に分かれている。エイズの原因であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)を除く、人に病原性を示すウイルスのすべてを取り扱っていることになる。職員は250名のウイルス研究者を含めて全部で約500名と、日本の一つの研究所に相当する大きな部門である。
 3月9日からCDC主催で開かれる国際エマージング感染症会議の直前、この部門長であるBrian MAHYに、インタビューに応じていただいた。香港のトリインフルエンザ騒ぎが一段落した3月7日であった。1989年に就任以来、動物室を改修した仮の部門長室住まいだったのが、今年になって移った広くて明るい新設の部門長室で、しかも休日である土曜日の電話もかかってこない静かな雰囲気の中でインタビューがおこなわれた。



「ウイルス発見100年の研究最前線ー 世界最大のレベル4実験室」

山内:
今日は休日にもかかわらず雑誌「科学」のためのインタビューに応じていただきありがとうございます。1898年に初めて動物のウイルスとして口蹄疫ウイルスが、つづいて植物のウイルスとしてタバコモザイクウイルスが発見され、今年はちょうど100年目です。ウイルス学100年のこの際にウイルス感染症の最前線でリーダーとして活躍されている先生にお話をうかがえることになりたいへん幸いです。
 さて、1995年にザイールでエボラ出血熱が発生したとき、世界の目は、世界で頼れることのできた唯一の施設であった、このCDCの特殊病原部のレベル4実験室に注がれました*。この施設の活動状況について、まずお聞きしたいと思います。

(*注:病原体は危険度に応じてバイオセーフテイ・レベル(BL: Biosafety Level)1から4に分けられる。BL4が最高の危険度で、これに属するものはウイルスだけである。各レベルに対応した実験室はかってはP1ー4実験室(Pは物理的封じ込めPhysical containmentの頭文字)と呼ばれてきたが、現在はレベル1ー4実験室と呼ばれている。
 CDCのレベル4実験室の内部は陰圧に保たれ、室内の空気は外部に漏れないようになっている。実験者は密閉された陽圧のプラスチックスーツを着て病原体から隔離される。スーツ内には絶えずエアホースから空気が送り込まれ、これで陽圧が保たれ、また実験者の呼吸が可能となる。室外に出るときにはまず、消毒薬のシャワーでスーツの外側を完全に消毒したのち、スーツを脱ぎ、ふつうのシャワーを浴びる。定期点検の際には、いったん部屋全体にホルマリンガスを充満させて内部を完全に滅菌し、自由に内部に入ることができる状態で作業をする。)

MAHY:
ここには世界で最大のレベル4施設があります。二つのユニットの実験室からできており、いっぽうが定期点検のために運転中止の間も、もう片方の運転を続けることができるので、長期間継続的にレベル4実験が可能になっています。
 この施設の維持は非常にコストがかかります。エンジニアは24時間勤務です。スタッフは特別の訓練を必要とし、宇宙服のようなプラスチックスーツを着用して高度の実験をおこなうことになります。現在、中に入って仕事ができるのは、動物に餌を与える作業だけを担当する人も含めて5ないし10人です。重いプラスチックスーツを着ておこなう作業は重労働であるために、訓練を受けたスタッフも平均2年間で交代しているのが現状です。ただし研究にたずさわるシニアスタッフではそのようなことはありません。
 1995年のエボラ発生時には、ザイールからサンプルがまず旧宗主国のベルギー・アントワープに送られ、CDCにはちょうど週末の夜に電話がありました。アントワープからCDCに転送されたサンプルを使って週明けから検査を開始したのですが、以前と異なる点は分子生物学の技術が利用できたことです。そのおかげでただちにエボラ出血熱であることを確認し、さらに3、4日でウイルスの遺伝子配列を決定して、1976年の発生時のウイルスと同じものであることを証明することができました。
 アメリカ合衆国でこのような仕事を行う際の利点の一つは、迅速な対応が可能なことです。私たちがアメリカ合衆国政府に対して非常に深刻な事態であることを報告したところ、ただちに調査チームの派遣旅費が支給され、現地での流行防止対策を始めることができました。その結果新たな患者の発生を2ないし3週間以内に止めることができました。その後、続いてエボラウイルスの自然宿主探しにとりかかり、3000匹の脊椎動物、5000匹の昆虫などを集めました。しかし、残念ながらいまだに宿主は不明で、現在も実験中です。自然宿主解明にはまだ数年はかかると思われます。
 レベル4実験室はエボラウイルスだけに用いられているわけではありません。ほかのいろいろな目的にも必要です。最近ではクリミア・コンゴ出血熱の調査で集めたサンプルの検査やシンノンブレウイルスの動物実験にも用いています。また、アフリカでの出血熱の監視にも一役かっています。その1例はラッサ熱です。送られてきたサンプルはレベル4実験室で検査されています。
 ラッサ熱は西アフリカで流行が続いており、シエラレオーネでは数百人の患者が出て、すでに100人以上が死亡しています。かってはCDCはシエラレオーネにフィールドステーションを設置して監視をおこなっていましたが、政治的環境が悪化したため、現在ではギニーに移転して、シエラレオーネとの国境の近くで、発生状況を監視するとともに、とくに自然宿主動物であるマストミスの動態について監視をおこなっています。CDCはこのフィールドステーションの維持に年間30万ドル(内訳は現地での維持費25万ドルと派遣費5万ドル)を費やしています。




「世界のレベル4施設の現状」

山内:
アフリカでのCDCの取組については、また後ほど詳しくお伺いることにしたいと思います。日本では1980年にレベル4実験室が建設されましたが、地元住民の反対でレベル3までの実験しか承認されていません。アメリカ合衆国以外の国でのレベル4実験室の現状はどうなっていますか。

MAHY:
レベル4実験室の数は増えてきています。カナダではマニトバ州のウイニペグにレベル4実験室が最近完成しました。これはAgri CanadaとHealth Canadaという二つの国営組織が共同で建設したもので、人間の病原体だけでなく、家畜伝染病、たとえば口蹄疫ウイルス、ブルータングウイルス、アフリカ豚コレラウイルスのように人には病原性がなく家畜で激しい病原性を示す病原体も取り扱うという点でユニークなものです。
 フランスでもリヨンで建設が進んでいます。私は2週間前に現地を訪問しましたが、この実験室での最初の試験は今年の5月にはおこなわれる予定です。これはメリュー財団の会長のシャルル・メリューが、死亡した息子と、TWA800機の墜落事故で死亡した孫の記念として個人の資金を提供したものです。実験室の規模は小さくて、CDCのものの3分の1くらいでしょうか。所長は1990年代初めまでCDCにいたSusan FISHER-HOCHです。彼女はご承知のように当時、CDCの特殊病原部長だったJoseph McCORMICKの妻です。ほかに第2のレベル4実験室がパリのパスツール研究所にも計画されていると聞いていますが、詳細は知りません。
 また、スウェーデンではBo NIKLASSONが出血熱を対象としたレベル4実験室の建設計画を進めています。

山内:
国際的なエマージングウイルスへの協力体制が出来てきているのは大変心強いことですが、日本ではいまだにレベル4施設はあっても使用できない状態です。これから、エマージングウイルスの問題について、日本とはどのような協力関係を期待していますか。

MAHY:
日本でレベル4実験室が運転されていない状態で、どのように協力したらよいかは大変むずかしい問題です。日本からはCDCへ検査依頼がこれまでにもあったそうですが、CDCの公式の立場では日本と直接協力することはできません。アメリカ合衆国のそれぞれの州との協力であっても州政府から依頼がなければできないことになっています。たとえばオハイオ州でA型肝炎が発生したとしても、州政府からの依頼なしで勝手に職員を派遣することはできません。国際協力の場合にはWHO(世界保健機関)を通じておこなってもらっています。
 もちろん電話などでの相談はいつでも結構ですが、正式に協力する際にはWHOを通じて依頼をしてもらわなけれホなりません。この場合には、どこの国ともよろこんで協力します。WHOにはCDCの職員が常駐しているので、連絡はスムースにおこなわれています。




「今後重要になるレベル3実験室」

MAHY:
ところで、CDCで最近建設が始まった新しい実験室についてお話ししましょう。レベル4実験室を含む現在のウイルス・リケッチア部門の建物は1989年に完成したものですが、これからはレベル3の病原体の研究が重要になることが予想されます。現在すでに多剤耐性の結核菌が問題になっていますが、結核菌の研究は1989年まで利用していた古いレベル4実験室をレベル3に転用しておこなっています。
 いま、ポリオや麻疹の根絶計画が進んでおり、5ないし10年後には根絶されることが予想されます。そうなった場合、ポリオウイルスや麻疹ウイルスはレベル3の厳重な隔離のもとに取り扱うことになります。このようにしてレベル3の実験室の必要性が高まることを予想して、レベル3実験室を主体とした新しい建物を建てはじめたわけです。私がCDCに来たのは1989年、すなわち今の建物が完成した年ですので、今度の建物が私にとって最初に手がけるものになります。来週の月曜日には保健省のシャレイヤSchalala長官が来て鍬入れ式を行うことになっています。2000年に完成の予定です。
(建物の完成図と厚さ20センチ以上にもなる分厚い設計計画書を見せらていただいた。また、インタビュー後、建設予定地での地盤工事の現場を案内していただいた)。

山内:
ここで取り扱うことになるのは結核菌、ポリオ、麻疹ウイルスなどですか。

MAHY :
そのほかに狂犬病ウイルス、それからトリインフルエンザウイルスもそうです。香港で分離されたトリインフルエンザウイルスはニワトリで高い致死性を示し、しかも人にも致死的感染をおこしたことから、特殊なケースとしてとくに取り扱いが厳重になっています。そこでアメリカ合衆国農務省はレベル3プラスアルファを要求しています。ここでのプラスアルファとは室外に出る時にシャワーを浴びることです。
 トリインフルエンザウイルスを取り扱う実験室としては、リケッチア研究に用いていたレベル3の二つの実験室のうちの一つを転用することにしました。リケッチアの研究をしていた人に、その半分をあけさせるのは困難な調整作業でしたが。




「世界のエマージングウイルス感染出現状況ー CDCはいかに備えようとしているか」

山内:
エマージングウイルス感染の話題に入りたいと思います。まず、エマージングウイルス感染の一般的状況についてお話をお願いします。

MAHY:
1988年以来、人に病原性のある新しいウイルスは40種以上出現しています。これには再出現したものは含まれていません。新しいウイルスは、たとえば1988年にはC型肝炎ウイルス、1989年にはE型肝炎ウイルスと大阪大学の山西弘一博士たちによってヒトヘルペス7型ウイルスが発見されています。
 これらウイルスの出現の背景には社会状態の変化、とくに低開発国における都市化があります。アフリカなどでは大家族化が起こり家族が集団で劣悪な衛生環境のもとで生活するようになってきました。蚊などのベクター(ウイルスの運び屋)と接触する機会も増加しています。デング熱や黄熱はベクターのコントロールが不十分なために増加しています。またハンタウイルス肺症候群のように宿主の齧歯類の増加により発生した病気もあります。
 全世界での死亡原因の大部分は感染症です。感染症の増加には免疫不全の人の増加もかかわっています。その一部はHIV感染によるものです。また、がんや移植による免疫抑制も免疫不全の人を増加させています。このような事態に対してのCDCの基本戦略はエマージング感染症の実体を周知徹底させることです。その一つとしてパンフレット(Addressing Emerging Infectious Diseases)を作成し配布しています。
 さらに新しい感染症対策についての計画を検討中で、これは今年の8ー9月にできあがる予定です。これは5ないし6年にわたって年間予算1億2500万ドルをあてるという大規模なものです。そのうち、7000万ドルはエマージング感染症にあてられます。この活動には四つの主なゴールがあります。第1はサーベイランスの改善で、主にアメリカ合衆国を対象としたものですが、インフルエンザのように全世界的なものも含まれます。
 第2は研究で、とくに流行に対処するために診断技術の開発などの研究を推進することです。その成果を各州の検査施設に移転することも重要なゴールです。
 第3は予防・制圧対策を強化するもので、たとえばハンタウイルスについては膨大な情報がありますが、これらの情報を普及させて、予防・制圧の対策を強化するものです。
 第4はアメリカ合衆国でのインフラストラクチャーを強化するもので、教育、研修なども含まれます。これらの計画の対象は感染症すべてにわたるもので、ウイルスだけでなく、細菌、寄生虫なども含まれます。
 これらが第1段階の計画であって、つぎに、慢性病の原因となる感染症に取り組む予定です。まだよくわかっていない面が多くありますが、たとえば動脈硬化症にはサイトメガロウイルス、子宮頚がんにはパピローマウイルスの関与が疑われています。そのほか多くのウイルスが慢性病の原因に関わっている可能性があります。
 新しい感染症対策にはウイルスだけでなく、細菌や寄生虫などほかの微生物も含めます。これがどのように成果をあげることになるか、そのよい例にインフルエンザがあります。CDCはWHOのインフルエンザ協力センターの一つになっています。香港のトリインフルエンザの騒ぎがおきた時に最初にCDCが行わなければならなかったのは、診断用キットの作成でした。そのために高い力価の免疫血清をNIHを通じて入手しました。これは、メンフィスにあるセントジュード小児研究病院のWEBSTER博士がNIHからの研究費でヤギを免疫して作成したものです。この免疫血清2ないし3リットルを用いて、2ー3週間で500の診断用キットを作りWHOを通じて世界中に配布しました。日本もその配付先に含まれています。アメリカ合衆国には70のインフルエンザ協力センターがあり、そこでも同じキットで検査が行われました。
 これまでCDCは、H1とH3型のウイルスの診断キットを作ってWHOを通じて供給していました。しかし、香港で発生したH5型ウイルスに対しては診断キットはありませんでした。昨年5月に香港で3才の少年が死亡した際には、H1とH3型ウイルス用のキットだけだったので診断ができず、2カ月の間放置されていました。8月にオランダの調査団が訪問して検査した結果、初めてH5型ウイルスであることが明らかになったわけです。それまでは誰もH5型ウイルスを疑ってはおらず、1968年に消えたH2型ウイルスを疑っていたのです。
 この成績は英国とオーストラリアにあるWHOのインフルエンザ協力センターに伝えられ、そこでH5型であることが再確認されたのです。CDCでも確認し、さらにわれわれはこの死亡した少年の気管からウイルスを分離し、それがH5型のインフルエンザウイルスであることを証明しました。




「インフルエンザワクチンをどう生かすか」

山内:
本筋からは少しはずれますが、香港での発生がきっかけになってインフルエンザワクチンへの関心が高まってきています。そこでこの点についてお話をうかがいたいと思います。日本では1962以来集団接種が行われ、毎年2000万人分のワクチンが製造されていました。ところが1986年頃に一部の臨床医たちからワクチンの効果に疑問が投げかけられ、それ以後ワクチン接種率はいちじるしく低下し、1994年には政府はインフルエンザワクチンを定期接種のリストからはずしました。その結果、ワクチンの製造量はいまでは30万人分に落ち込みました。アメリカ合衆国でのインフルエンザワクチン接種の状況はどうですか。

MAHY :
インフルエンザワクチンの接種率の低い国はありますが、先進国で接種率の低いのは日本だけです。インフルエンザワクチンが有効であることは、いくつかの研究で明らかになっています。とくに高齢者の場合には非常に恩恵があります。そこでCDCではワクチン接種を推奨しており、アメリカ合衆国でのワクチン接種率は年々増加しています。現在、年間7000万人分のワクチンが製造され、主に高齢者を対象に接種がおこなわれています。また、高齢者の場合、免疫力が低下していてワクチン免疫が十分に成立しない可能性もあります。このような人では流行が起きた際に、予防のために抗ウイルス剤のアマンタジンを投与することにしています。
 なお、インフルエンザワクチンの対費用効果についての大がかりな調査をフォード自動車会社の社員を対象に今年の終わりから始めることにしています。ここではワクチンを接種した人としなかった人の2群についての比較をおこないます。




「アフリカで発生するエマージング感染症に対するCDCの取組」

山内:
エマージングウイルスに話題を戻したいと思います。最近問題になっているエマージングウイルスとしては、昨年末からケニアを中心にリフトバレー熱の発生が続いています。またシエラレオーネでは先ほども話題になったようにラッサ熱の大きな発生があります。さらにクリミア・コンゴ出血熱がアフリカ、中近東からパキスタンへと広がってきています。シエラレオーネでのラッサ熱へのCDCの取り組みは先ほどお聞きしましたが、リフト・バレー熱でもCDCが調査をおこなっていると聞いています。このあたりのことについてお話いただけませんか。

MAHY:
リフトバレー熱はアフリカを中心にこれまでに何回も流行をおこしています。1993ー94年にも大きな流行がありました。今回の流行に関しては、昨年12月23日に電話で、ケニアで牛、羊を多数死亡させ、さらに何人かの人の死亡にも関係している病気の発生を知らされました。調べてみると、これらの発病した動物の血清の40%がリフトバレー熱ウイルスの抗体が陽性でした。今回の流行の直接の原因が現地でおこっている大洪水であることは、ほぼ間違いありません。洪水でウイルス媒介蚊の大発生を招き、蚊の体内で増えたウイルスが流行をおこしたというわけです。
 私達の調査の目的は病気の発生地域の地理的関係を知ることでした。今年の1月になって、やっとケニア政府からの招待状を受け取り、16名をナイロビの北西部の地域に派遣しました。しかし、調査チームが到着した時には、流行はほとんど終わっていました。そこで、さらに洪水のおきている地域の南端であるケニヤの西側国境付近で、動物、人、昆虫のサンプルを集めています。何人かは帰国しましたが、まだ医師、獣医師、昆虫学者、および補助者のチームが残ってサンプルを集めています。このサンプルは現在も送られてきており、リフトバレー熱ウイルスが分離されています。さらに、そのほかにデングウイルスやブニャンベラウイルスも分離されています。しかし、リフトバレー熱ウイルスが今回の流行の主な原因であることは間違いありません。




「モンキーポックスと天然痘」

山内:
昨年コンゴでモンキーポックスの発生があり、エマージングウイルスとしてマスコミでも取り上げられました。天然痘根絶成功によって種痘*がおこなわれなくなった現在、天然痘にかわってモンキーポックスの流行が問題になるかもしれません。これについてはいかがですか。

(*注:200年あまり前にエドワード・ジェンナーの開発したワクチン。この種痘ワクチンは天然痘の根絶をもたらした。天然痘の根絶に伴い種痘ワクチンの役割は終了し、種痘は1980年代初めに全世界で完全に中止された。この後に生まれた人は種痘免疫をもっていないことになる。モンキーポックスにも種痘は予防効果があると考えられることから、もしもモンキーポックスが天然痘と同様に人から人へと伝播されると、種痘免疫のない集団で大流行をおこすかもしれない。)

MAHY:
モンキーポックスウイルスの自然宿主としてはリスが疑われています。私の考えでは今回の発生の原因は、宿主動物の数の増加、それに戦争などで人と宿主動物の接触の機会が増えたことにあると思います。昨年は2回にわたって調査チームを派遣しました。その結果、人で感染が起きたことは間違いなく、感染した人、約100人のサンプルが集まりました。これらの例について人から人への2次感染の状況を調べた結果、家族内での2次感染が明らかになっています。しかし、同じ家族内にとどまっていて、ほかの家族に広がるチャンスは非常にまれです。天然痘が根絶された直後の1981年にモンキーポックスについての調査が行われていますが、その際の2次感染の発生率と比べて高いとはいえません。

山内:
今回の流行が変異したモンキーポックスウイルスによる可能性も一部で伝えられましたが、この点はいかがですか。

MAHY:
今回の分離ウイルスの遺伝子構造は1981年の分離ウイルスとまったく同じで、変異ウイルスではありません。免疫不全状態のHIV患者でとくに感染がおきたのかという点も調べてみましたが、調査した100人のうち、HIV陽性者は1人だけでした。したがってHIVによる免疫不全は今回の発生に関係はしていません。いっぽう、種痘による免疫が低下したためかどうかについては、これからWHOの関係者やポックスウイルスの専門家を交えて相談することになっています。
 最も重要な点は、感染源になった動物についての調査です。しかし、この地域は反乱が起きている場所であったために調査チームは短期間しか滞在できませんでした。そして現在では発生は終息しています。  また、今回の発生ではモンキーポックスと診断された人の約半分は、実は水痘でした。全体を振り返ってみると、マスコミの報道にはかなり誇張がありましたね。




「天然痘ウイルスはいつ廃棄されるのか」

山内:
モンキーポックスに関連して、天然痘ウイルスについてもお聞きしたいと思います。1977年のソマリア青年の例を最後に天然痘の発生はなくなり、1980年にWHOが天然痘根絶宣言を出したことは衆知の事実ですが、現実には天然痘ウイルスはCDCとロシアに保管されています。WHO総会では1993年末までにこれらのウイルスをすべて廃棄することを決定していますが、いまだに廃棄されていません。この辺の状況についてご説明いただけませんか。

MAHY:
天然痘ウイルスは動物ウイルスの中でもっとも大きなもので、その遺伝子は約20万の塩基対からできています。この遺伝子の全部の配列は1993年末までに解析が終わりました。これがその成績です(数百ページの分厚い1冊の本をみせられたが、その内容は遺伝子配列の記号だけであった)。そして、これがWHOから記念に贈られた置物です(クリスタル製のオベリスク)。この成績は1994年に開かれたWHOのポックスグループの会議に報告されました。
 1993年末での廃棄は見送られ1995年6月30日が期限に設定されましたが、これも反対意見があって見送られました。1996年にアメリカ合衆国政府はWHOにただちに廃棄するよう勧告しましたが、天然痘ウイルスの廃棄が公衆衛生の観点から妥当かという点で科学者の中のコンセンサスが十分に得られていないとの理由で、いくつかの国が1999年まで期限を延期するように要求しています。今年の2月8日付けでWHO事務総長はメンバー各国に廃棄する方針を確認する書類を配布しており、1999年のWHOの総会で廃棄が決定される予定です。
 なお、旧ソ連ではモスクワのウイルス製剤研究所で天然痘ウイルスが保管されていましたが、1994年にWHOへの通告なしにシベリアにある別の研究所に移管されました。WHOは後でこのことを知らされたのです。この研究所は1990年に冷戦が終わるまではエボラやマールブルグウイルスも含めた病原体による生物兵器の研究をおこなっていたところです。

山内:
生物テロが大きな問題になっている現在、早く廃棄がおこなわれることを期待したいと思います。天然痘ウイルスがエマージングウイルスにならないことを望みたいものです。ところで一般的な観点からエマージングウイルスの今後の展望についてはどうお考えですか。




「エマージング感染症の制圧に向けて」

MAHY:
この10年間に新しくみいだされたウイルスの数は年々増加しています。注目しなければならない点は、これらの多くが分子生物学の応用で明らかになったことです。その代表的な例として、1988年に見いだされたC型肝炎ウイルスや1993年に見いだされたハンタウイルス肺症候群の原因であるシンノンブレウイルスがあります。これらは遺伝子の分離で、その存在が明らかになったものです。
 この2年間の間には、胃腸炎の重要な原因として二つのウイルスの関与が明らかになりました。その一つはカリシウイルスで、日本ではサッポロウイルスと呼ばれているものです。もう一つはアストロウイルスです。まだ発表はしていませんが、最近の私たちの成績では胃腸炎を経験した多くの人に、このアストロウイルス感染が見いだされています。昔ですと細菌感染とされていたもので、おそらく細菌感染とウイルス感染が加わって病気になっている例がかなりあるものと推測されます。このような研究に分子生物学の技術は非常に重要なメッセージを与えてくれます。
山内:
最初に触れましたように今年はウイルス発見100年目の年です。これからのウイルス学、とくにウイルス感染症の展望についてコメントをいただきたいと思います。

MAHY:
口蹄疫ウイルスがフリードリッヒ・レフラーにより1898年に分離されたのが最初で、今年はドイツのフリードリッヒ・レフラー研究所でウイルス発見100年記念シンポジウムが開かれます。私もそこで講演することになっています。
 しかし、私は実際にウイルス学が進展しはじめたのは半世紀前からと考えています。1951年にドイツで学術雑誌Archiv fur die gesamte Virusforschungが発行されましたが、これがウイルスという名前のついた最初の雑誌だと思います。この半世紀のウイルス学の進展は目をみはるものです。  将来に向けてはいくつかのゴールがあります。ここではウイルスの根絶の展望についてお話しします。2週間前にアトランタでウイルス根絶に関する会議があり、これからのウイルス根絶の展望について話し合いました。数年以内に根絶可能なものとしてポリオがあり、これは2000年までに根絶が期待されています。その後5年間は強力な監視を行った後に根絶宣言が出される予定です。そして、これは実現可能とほとんどの人が信じています。根絶が成功すればポリオウイルスの取り扱いはレベル3またはレベル4になります。いっぽう、麻疹については2005年ないし2010年を目標としています。これが成功すれば膨大なコスト削減につながります。
 このほかにA型肝炎とB型肝炎も根絶可能です。B型肝炎ワクチンの接種は現在、95カ国で進められています。A型肝炎もおそらく、同様にかなり早い時期に根絶することが可能と思われます。これに対して、根絶不可能なものも多くあります。野生動物を宿主とする狂犬病や黄熱がその例です。
 いっぽう、新しいウイルスも数多く見いだされると予想されます。1988年から96年までに人への病原性が不明のものも含めて60もの新しいウイルスが見いだされています。たとえば1993年に新しいハンタウイルスとしてシンノンブレウイルスが見いだされたのを初めとして、現在までに北米と南米で21の新しいハンタウイルスが見つかっています。興味のあるのは新しく見いだされたウイルスのほとんどがRNAウイルスということです。新しく見いだされたDNAウイルスは三つしかありません。
 今後も新しいウイルスが出現してくることは間違いありません。そのような事態に対して迅速に検出し監視するために国際的サーベイランス・ネットワークがきわめて重要と思います。

山内:
本日はどうもありがとうございました。

追記

 CDCの国内外での感染症対策への取組の実態、今後の展望などあらためて感心させられたインタビューでした。日本に関連した話題もいくつかありましたが、ここでは一つだけ指摘したいと思います。
 これまで日本ではレベル4ウイルスの検査はCDCに依頼しており、一般の人たちも当然のように受けとめています。しかし、これらの検査は研究者間の個人的なつながりで依頼されていたのであって、連邦政府の機関であるCDCに日本政府から正式に依頼しているものではありません。しかも、そのCDCのレベル4実験室といってもわずか5ー10人のスタッフで運営されている実状を認識する必要があります。
 本インタビューで触れられているウイルス学100年記念シンポジウムには私も出席して、ブライアン・マーヒーには、この記事の掲載された科学6月号を贈呈してきました。
 なお、彼の個人的プロフィールなどは私の著書「エマージングウイルスの世紀」(河出書房新社)で紹介していますので、興味のある方はご参照ください。  ついでですが、「エマージングウイルスの世紀」に、その後いくつかの誤りがみつかりましたので、インターネット講座の利点を利用させていただいて正誤表を添付します。

誤  正
23頁18行目1996年1966年
32頁15行目釜洞潤太郎釜洞醇太郎
34頁5行目皮膚の粘膜の皮膚や粘膜の
48頁11行目オランダ人デンマーク人
66頁13行目1987年1971年
121頁15行目米国中西部米国南西部
241頁5行目かさぶたを吸い込ませかさぶたを皮膚に接種したり吸い込ませて
244頁10行目かさぶたを少しだけ吸い込ませるかさぶたを接種する
296頁16行目南北戦争時代、北軍の七年戦争の時代、英軍の
297頁1行目北軍の英軍の

Kazuya Yamanouchi (山内一也)


連続講座:人獣共通感染症