牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点(その2 )
国際獣疫事務局(OIE) 小澤義博*
*国際獣疫事務局(OIE)アジア太平洋地域事務所 顧問
(〒107-0062東京都港区南青山1-1-1新青山ビル東館311号)
1.牛海綿状脳症の近況
英国における牛海綿状脳症(BSE: Bovine spongiform encephalopathy)の発生数は近年下降の一途をたどり21世紀早々にはBSEは終局するであろうと言われてきていたが,最近また,フランス,ドイツ,イタリア等の欧州諸国での報告例数が急に増えだしてきたので実情はどうなっているのか,説明する必要がある.
1999年頃から欧州諸国でBSEが増えてきたのは次の理由によるものである.1997年以前のBSEの診断は,発症した牛の脳幹部位の病理組織学的検査を主体として行われていたが,時間がかかるので検査数が限られることや大部分の牛が発症する前に屠殺されていたので,多くのBSE感染牛の存在が見逃されていた.
前号(1)で述べた如く,1998年頃からウエスタンブロット法やELISA法による病原性を有するプリオンの存在の検出方法が開発されると,BSEの明らかな症状を示していない牛や,全く無症状の牛でも,脳幹部組織にBSEのプリオンが存在することが証明できるようになった.スイスではPrionic社の開発した方法を使って1999年の1月から監視システムの強化を計り,アクティブ・サーベーランス(能動的監視)を開始した.
ヨーロッパ連合(EU)は,スイスのPrionic社(ウエスタンブロット法),フランスのBiorat社(ELISA法),アイルランドのEnfer Technology社(現在はAbbott社のELISA法),英国のWallac社(DELFIA法)の診断キットを比較検討した結果を1999年7月に発表し(2),英国のWallac社以外のキットの信頼性を認め,これらのキットを使ってEU諸国でのアクティブ・サーベーランスの開始を勧告した.その結果,それまでBSEの発生の報告されていなかったドイツ,イタリア,デンマーク,ギリシャ,スペイン,チェコ等にも牛におけるBSEの存在すること
がわかってきた.その他,フランス,ベルギー,アイルランド,ポルトガル等の報告例数は表1に示されている如く2000年から増加している.
英国では,2000年に30ヶ月齢以上の牛を約450万頭殺処分したので(1),今の所BSEの発生数の増加は認められていない.しかし,英国の30ヶ月齢以下の牛にもまだBSEに感染した牛が少なからず(1-2%)残っていると考える人もいる.
2.BSEのサーベーランスの方法
BSEの監視システムは,1999年以前と以後に分けることができる.1999年初め頃までは,BSEの疑いのある牛もしくは事故死等の牛の脳組織を病理学的に検査する方法(いわゆる受動的監視システム)に頼ってきた
(3).
これに対して,BSEの症状を全く示していない牛群の脳幹部組織を屠畜場で採集して,上記の新しい検査方法(ウエスタンブロット法かELISA法)を使って検査する方法(能動的監視システム)が1999年/2000年頃から欧州諸国で開始され,全くBSEの症状を示していなくても,感染している牛が検出されるようになった(4).
後者の能動的監視システムは,欧州各国が実施しており,そのサンプルの採集数は,牛の年齢や使用した飼料などの疫学的分析によって決められてきたが,検査済みでないと安心して食べられないという消費者が多くなり,検査のサンプル数は急激に増加してきている.この事もあって目下,欧州諸国でBSEの報告例が急に増えているが,症状を示した牛の数は増えていない.新しい検査の対象となる牛の年齢は欧州では30ヶ月齢以上の牛が主な対象であるが,最近,フランスやチェコでは2歳齢の牛についても検査を行っている.数は少ないが2歳齢の牛でもBSEに感染している牛が発見されている.
以上の事から1999年以前に屠場で処理された牛の中にはBSEの症状は示していなかったが,既に感染していた牛が数多く消費されていたものと推測される.従ってBSEに感染した人の数も,今後増え続ける可能性が高い.
3.英国で生産された肉骨粉の流出
英国の貿易税関局の統計によると,正式ルートで1988年から1996年の間にアジア諸国に輸出された肉骨粉の量及びそれ以外の国に輸出された量(トン数)はそれぞれ表2,表3に示されている.この表に示されているのは英国から各国に直接に輸出された場合の量で,輸入国から第三国に流失した量はわかっていないが,EU諸国からそれ以外の国々(例えばスイス,東欧諸国,中近東諸国,アジア諸国等)に流出したものも多いと思われる.また家畜・家禽の飼料の中に肉骨粉を含むものが欧州諸国間のみならず,アジアを含む多くの国々に輸出されたものと考えられる.
これらの事実から国連食料農業機構(FAO)は2001年1月,BSEの発生が世界に拡がる可能性のあることを警告した.それを受けてOIE及びWHOは2001年6月に,三つの国際機関が協同で,BSEの専門家会議をパリで開き,BSEの人及び動物の健康と貿易上の問題点を整理し,今後の対策を協議した.その会議の内容を報告する.
4.OIE/FAO/WHO専門家会議
「BSEの人と家畜の健康と貿易上の問題」と題する国際会議が今年の6月11日から14日までOIEの本部で開かれ,筆者はアジア・太平洋地域の代表として出席した.この会議には,BSEやvCJDの専門家のみならず世界各地域の代表,消費者代表等,約150人が出席してこれらの病気のリスクを分析し,今後の対策を討議した.会議の前半は,BSEの疫学と牛における発病順序,BSEの羊や山羊への感染,屠畜場の解体技術と安全性,臓器及び副産物の処理方法と安全性,家畜・畜産物,副産物等の世界貿易の実情,貿易のリスク分析方法,BSEの世界貿易に与える影響,リスク管理と情報管理上の問題等について専門家の報告と質疑応答があった.会議の後半は出席者を5つのグループに分け,それぞれの問題について更に詳しく討議し,数多くの勧告が各グループから提出され採択された.
その主なものを列記し,それぞれの背景について説明する.(下線の部分が勧告文)
4.1 家畜や畜産物(肉骨粉等)の原産地名や移動経路は,その製造過程及び貿易過程において,しばしば偽造もしくは改ざんが行われることがあるので注意すべきである.(BSEの発生している国からの畜産物や飼料が再加工されて産地名をかえて売られていることがあるので注意する必要がある.英国には,現在も大量の肉骨粉が焼却させずに残っている.)
4.2 BSEの発生初期には,発症例数は極めて少なく散発的で長期にわたる非特異的な症状等により,BSEの存在やその重要性が見逃されがちであるので,各国はBSEの危険性に対して決して楽観してはならない.(最近の新しい検査方法が認められるまでは,BSEの存在は症状だけに頼っていたが,症状だけに頼っているとBSEを見逃す場合がしばしばあることや,症状の軽いうちに屠畜場に送り込み,市場に出してしまうことが多い.これを防ぐためには,農場における症状の監視及び屠畜場における生体検査の強化とELISA,ウエスタン・ブロット法による検査が重要である.BSEの症状の出るのをただ待っていたのでは遅すぎる.)
4.3 各国は貿易のデータや,可能性のある危険因子の系統的な評価(リスク分析)を通じてBSEの侵入の防止をはかるよう勧告する.また各国の貿易国としての位置付けは,その国のBSEのリスク評価によって決まることを心得ねばならない.(自国がBSEの清浄国であるか否かは,BSEの症状を示した報告例があるか否かだけで決めるのではなく,系統立てて行ったリスク評価の結果を基にしてきめられるべきである.)
4.4 目下,OIEは各国及び各地域のBSEのリスク状況の評価に関するガイドラインを作成しているが,各国や国際機関の経験を活用して更に具体的で詳しいリスク評価方法のガイドラインを作る必要がある.
4.5 リスク管理の方法は,その最終目標が一般市民の健康を守ることにあるので,科学的根拠に基づいて行われ,明白でしかも必要以上に貿易の制限とならない方法で行われ,厳格に実行されねばならない.また政府当局の努力は全面的支持を得られるよう指導をしなければならない.
4.6 各国はリスク評価の結果に基づき目的とする動物群に対して適当なテスト方法を用いることを考えるべきである.(例えば,輸入肉骨粉を与えた可能性の高い牛,羊,山羊等は,それらの脳組織を新しい診断方法で検査してから市場に出荷すべきである.)
4.7 反芻動物の肉骨粉及び獣脂は,いかなる場合にも反芻動物に与えてはならない.飼料給与の禁止の実情の調査にあたっては信頼のおける証明書の発行や国際的に輸入した動物用飼料にBSEの混入がないことを保証するテストの開発が必要となる.反芻獣蛋白の検出のために迅速で信頼性の高いテスト方法の開発が重要である.(化成工場で作られた肉骨粉は高熱が加えられているので,熱変性を起こしていない蛋白の検出方法,もしくは飼料の鏡検により反芻動物の骨片を検出する検査を行う必要がある.)
4.8 羊,山羊はBSEに汚染された肉骨粉を与えるとBSEに感染することが証明された.従って汚染肉骨粉を羊や山羊に与えた国では,これらの動物が感染している可能性があるので,人への感染の可能性を防止する対策が必要である.また各国はBSEが自国の羊や山羊に侵入しているリスクを評価すると共に,BSEがこれらの動物群に侵入するあらゆる可能性を排除すべきである.(英国その他の国では羊に肉骨粉が与えられた時期がある.BSE感染国からの牛の輸出は禁止されているが,口蹄疫が発生するまで,羊や山羊の輸出は続けられてきている.従って,これらの動物にはBSEに感染している羊や山羊が含まれているかもしれない.しかし自然界の羊について英国で112頭,スイスで400頭の羊の脳が検査されたがすべて陰性であった.今後これらの動物の検査数は急増するものと思われる.)
4.9 豚や鶏は経口的にBSEには感染しないことは,実験的に証明されている.しかも,汚染した飼料を与えた後にこれらの動物の体内組織にはBSEのプリオンが動物の組織に残留するという証拠は認められていない.(しかし,豚の脳内にBSEを接種すると感染することがわかっているので,果たして豚に経口的に投与した時に絶対にかからないという保証は,まだ十分とは言えない.牛にBSEに汚染した飼料を与えても発症率は3%を超えることがないので,豚の場合には発症率は,もっと低いのかもしれない.もっと検査する必要がある。)
4.10 科学者はBSEとその危険性についての新しい情報を,例えそれが一般市民を動揺させるようなことでも,積極的に提供していくよう努めるべきである.同時に科学者はこれらの新しいリスクに対して,どのように対処すべきであるかも明白にすべきである.
以上,10項目の勧告が出されたが,この会議のメッセージとして次の5点が強
調された.即ち,
(1) BSE及びvCJDはHIVと同様,免疫抗体や有効なワクチンはなく,潜伏期間が異常に長いので発見が遅れ輸血によって拡がる可能性があるためBSEは世界中に拡がる可能性がある.
(2) BSEは,発症するまで待っていたのでは,発見した時にはBSEは既に国中に拡がってしまっている可能性があるので発生報告の出る前から対策の準備をし監視を強化しておく必要がある.
(3) 関係業者だけに対策を任せておくと,予期しなかったことが起きる可能性がある.専門家による現場(農場,屠畜場,食肉加工場,化成工場,飼料倉庫,配合飼料工場,診断センター,貿易・流通業者等)の実情調査と監視を定期的に行う必要がある.
(4) 受動的サーベーランスだけでは不十分で,必要に応じて新しい診断法を使った能動的サーベーランスを実施することが大切である.
(5) BSEやvCJDに関する情報は,できるだけ多くの人に提供し透明性を保つことが重要である.
BSEの撲滅は,生産者や関係業者,行政官,政治家の倫理的な信頼なくして達成できない.
5.今後の問題点
5.1 世界への拡がり:英国で作られた大量の肉骨粉やEU諸国で売れ残った肉や畜産物は,安い価格で大量に東欧や中近東諸国に流出した.英国の肉骨粉の輸出は1993年頃をピークとして1997年まで続いていた.また,今年英国で口蹄疫が発生するまでは英国の羊が,欧州やその近隣諸国に輸出されてきていたことなどを考慮すると家畜のBSEやvCJDが今後も欧州やそれ以外の国々で発生する可能性がある.発展途上国では,BSEやvCJDの発生数が少ないうちは見逃される可能性が高い.BSEが発見された時には既に国中に拡がってしまっている可能性がある.
5.2 羊や山羊のBSE:2001年6月までに英国やスイスで検査された羊の頭数は極めて少なく(英国で112頭,スイスで数百頭等)自然界における羊のBSEの発生例は未だに報告されていない.しかし英国等で羊のスクレイピーとして報告されてきたものの中にはBSEに感染していたものが含まれていたかもしれない.今の所スクレイピーとBSEの判別はマウス接種による比較検査しかなく長時間を要するので検査例は少ないが,今後は新しい診断方法によって数多くの羊や山羊の脳幹部や扁桃腺を検査することによって自然界における羊や山羊のBSEの実状が次第に明らかになってくるものと思われる.英国における羊の感染実験も含めて,東西欧州や中近東における羊や山羊のBSEの実態を早く把握する必要がある.それま
では,BSEの感染国からの羊や山羊やその畜産物の輸入は慎重に行い,リスクの高いものや絶対必要なもの以外は輸入しないように努めることが重要である.特に産地不明のものは輸入しないことである.
5.3 過去の安全性テストの信憑性:過去に英国その他の国で行われたBSEの牛の体内における分布の検査には次の二つの問題が含まれている.第一は,検査は発症した牛の体内のBSEのプリオンの分布状態を調査した結果であり,感染後間もなく或いは症状の出る以前のBSEプリオンの体内における分布はよくわかっていない.従って,感染実験を繰り返して発病以前の牛の材料をもっと多くとり再検査する必要がある.羊にBSEを感染させた実験によるとBSEプリオンの体内分布状態は,牛の場合とかなり異なっており,血中にもBSEプリオンが発見されている(5).一方,最近のイスラエルの研究(6)によるとBSEのプリオンもしくはその断片が,発症する以前にも,尿中に排出されることがわかってきた.これは牛の血液中にBSEのプリオンがある時期に出ることを意味しており,その濃度(タイター)は低くてもプリオンの存在は否定できない.従って今日までの牛の臓器の安全性についての検査結果は再検討する必要性が高い.第二の問題は,今までの安全性のテストはほとんどがマウスに接種して行われてきたが,マウスの感受性は牛の感受性に比べ約500分の1であることがわかっているので,陰性でも絶対安全とは言えないものが多く含まれている.しかしながら牛を使ってのBSEプリオンの濃度を調べることは,時間と費用がかかるので極めて難しい.新しい検査方法の開発が必要である.
5.4 食肉の安全性の問題:最近,オランダから英国に輸入した牛肉の一部に脊髄が積み込まれているのが発見された.オランダでのBSEの発生頭数はまだ少ないとは云え,EUにより使用の禁止されている臓器が未だに闇ルートで流れているという事実は消費者にとってショックである.欧州の食肉業者の中には,味をよくするために内密に危険物を使用する業者が,未だに残っていることは甚だ残念である.このような不正業者の存在がかえって牛肉の消費量の減少を招く結果となっている.食肉業者の加工過程の透明性は消費者の信頼性を高める上で重要なことである.欧州内外での食肉業者や貿易業者の厳しい監視が必要である.
5.5 牛の尿中のプリオンの存在:BSEに感染した牛の尿中にBSEプリオンの排出が証明されたことは,今後色々な問題が起こってくる可能性がある.第一は,その尿中のプリオンの病原性の問題と消毒方法の問題.第二は,尿中にプリオンが存在することは血液中にプリオンが存在することを意味するので,感染牛の組織や体液(精液を含む)の安全性が問題となる.第三の問題はBSEプリオン(あるいはその断片)が尿中に排出されるとなると,尿中のプリオンの出現の時期について更なる研究が必要である.
5.6 焼却・消毒方法の問題:英国で2000年に約450万頭以上の成牛(30ヶ月齢以上の牛)を殺処分したが,その多くから化成工場で肉骨粉と獣脂を作り,その産物をすべて焼却処分することになっている.しかし,その量が莫大で焼却処理が追いつかず,その安全な保存に苦慮している.(倉庫の保存料金だけで莫大な費用がかかっている.)しかも2001年2月から英国で口蹄疫が発生したため,焼却施設は口蹄疫関係に優先権が与えられたため,BSE関係の焼却処分が遅れている.肉骨粉や獣脂を燃料代わりに使ったり,セメントの成分として使ったりする試みもあるが,これもあまり進んでいないのが実状のようである.また焼却以外の方法として死体を5気圧で150。Cに熱したアルカリ液に数時間浸けて溶解してしまう方法も考えられており,目下実験が進められている.
OIEの基準によるとBSEプリオンの消毒は3気圧の飽和蒸気圧の下で133。Cで20分間以上加熱する必要がある.このためのオートクレーブが検査場や病院や研究所,加工場等で必要になるが,これも材料を5cm以下に小さくしたものでなければ完全に消毒できない.材料によっては更に強力な滅菌方法が必要となることがあるので,色々な方法を研究しておく必要がある.
5.7 BSEの疫学と欧州各国による対策の遅れ:英国における動物由来の飼料(肉骨粉等)のすべての家畜への使用を禁止したのが1996年であったが,それまでは鶏や豚の飼料に使われていた反芻動物由来の肉骨粉が牛やその他の反芻獣にも,僅かながらも流用されていたことがわかっている.スイスやヨーロッパ連合諸国が,すべての動物由来の飼料を完全に禁止したのは,今年である(表4).その間にどの位のBSE・汚染の可能性のある肉骨粉を牛や羊に流用されたかは全くわからない.聞く所によると欧州諸国の飼料業者のネットワークは強力で,お互いに融通し合う傾向が強いので欧州中に余った飼料が横流しされてしまったものと思われる.
BSEの拡がりを完全に防ぐには,疫学的にBSEのすべての感染経路を断ち切っていかねばならない.国によって,その対策に遅れがあればその他の国々に間接的な影響を与えることになる.すべてのEU諸国の足並みが揃ったのは2001年であり,これで初めて西欧諸国のBSEコントロールの効果がはっきりと出てくるものと期待している.しかし,近隣諸国,特に東欧や中近東のBSEは,これから次第に増加する可能性があるので,今後のBSEの問題は更に国際的に拡大していくものと考えられる.
6.主な研究課題
BSEの研究課題は無限にあると言っても過言ではないが,その中から急を要する研究課題を幾つか挙げてみる.
6.1 今日までの牛の特定危険臓器の決定は主としてBSEの症状の見られた牛の臓器や体液がしらべられていたが,症状の出る前の牛での異常プリオンの分布について,更に詳細なデータが必要である.(必ずしも発病した牛と同じ分布状態ではないものと考えられる.)
6.2 羊や山羊にBSEが感染することは実験的に証明されたが,羊での症状はスクレイピーの症状と同じで区別できない.スクレイピーとして報告されて殺処分されてしまう可能性が高い.能動的サーベーランスによりできるだけ数多くの脳サンプルの検査を行う必要がある.羊の感染実験では,BSEに感染した羊の血液を健康な羊に輸血すると発病することがわかっている.また,スクレイピー同様に羊の親子間の水平感染が起こる可能性も考えられる.もし英国に口蹄疫が発生していなかったら,BSE汚染国から羊や山羊が輸出可能であることを考えると,これらの研究を早急に進める必要がある.
6.3 今日までの所,BSEの通常の診断方法は,屠殺後の脳幹部のELISAもしくはウエスタンブロット法の検査で翌日までに決められる.更に同じ農場の牛の殺処分を決めるためには,標本の免疫組織学的な検査で最終診断がつけられた後で全頭もしくはコーホート群(感染牛の±12ヶ月齢の牛)の殺処分が決められる.最近のイスラエルの研究(6)でBSE感染動物の尿中に異常プリオンの排出されることがわかった.この異常プリオンの検出方法が確立されれば,生きたままで牛や羊のBSEの診断が可能になる.この新しい診断方法の開発が急務である.
6.4 BSEの予防および治療方法:最近Natureに発表された論文によると,プリオンに結合する抗体(Fab D18抗体)をマウスに接種して,正常プリオンと異常プリオンの接着を防ぐことができ,異常プリオンの増殖が抑制されたという報告がある(7).また,そのマウスで異常プリオンが大幅に減少することもわかった.同じ事がvCJDと診断された患者に試みられ,一人は急激な回復を示したことが報告された.同様の抗体を牛や羊に応用できるとすると,感染した家畜の治療も可能になるかもしれない.
7.結論
BSEはHIVと同じく世界に拡がる可能性がある.特に発展途上国にBSEが侵入すると,その撲滅は不可能となる可能性が高い.BSEは,その実状を知れば知るほど,その根の深さと問題の大きいことを思い知らされる.BSEのコントロールの出来,不出来には他の伝染病と違い,人のモラルの問題が大きく関与している.生産者,飼料業者,食肉加工業者,流通・貿易業者,製薬業者,政治家等の倫理的な協力なくしてBSEに対する有効な対応はできない.我々はBSEを決して軽視したり,不必要に恐れてはならないが,我々の知っているBSEの情報は氷山の一角に過ぎないことを承知すべきである.この人間の作り出した病気(BSE)は,簡単に撲滅できる病気でないことを心得た上で,アジアにこの病気が拡がってしまうことのないよう,各国が正しいリスク分析方法を確立し,BSEが発見される前から民間企業も,大学も,行政諸機関も一丸となって大枚惜しまず対策を講じていくことが大切である.
8.日本におけるBSEの発生と今後の課題
この論文の再校中に千葉県でBSEが疑われる牛が発見されたことを農水省が公表した.BSEがアジアに入ってくるものと思っていたが,日本でこんなに早く発見されるとは思っていなかった.しかし前述のごとく,1頭発見された時には,すでに日本のかなり広い範囲にBSEは広がっているとの前提で対処する必要がある.
BSEの主な対策は次の11項目に絞られる.
(1) 今回のBSE発見を氷山の一角とみなし,牛,羊,山羊のサーベイランスを強化し,全国の屠畜場における生体検査と脳幹部検査を強化する.
(2) プリオニック(ウエスタンブロット)テストもしくはELISAテストにより30ヶ月令以上(出来れば2才令以上)の屠殺された牛の脳幹部組織をとりBSEプリオンの存在を検査する.出来れば,将来羊,山羊の検査も含める.判定の結果が陽性の個体と臓器は,すべて破棄する.
(3) 牛及び羊の危険臓器の特定を行い,公表する.
(4) 陽性例の病理組織(免疫組織学的)検査の結果を待って同一農場の牛,羊及び山羊を追跡し検査する。
(5) 医療,医薬品に使われている原料を調べ,危険臓器や組織の使用を禁止する.
以上は主として厚生省の管轄であり,一刻も早く実施する必要がある.重要なことは,屠畜場内で解体時に出るいろいろな指定危険臓器を分別出来るように施設を改善して,陽性と判定された家畜の臓器や組織及び体液は食用としてのみでなく,医薬品や化粧品,医療用組織として使用されぬよう,混入を防ぐシステムを作り,すべて焼却処分しなければならない.
一方,BSEプリオンを含む飼料(反芻動物由来の肉骨粉,獣脂等)の管理の問題がある.これは農水省の管轄であるが,飼料業者のモラルが問われる問題である.表4に示してあるごとくヨーロッパ諸国では数年かかっていろいろな規制を作り,牛の飼料に肉骨粉などの動物蛋白の混入を防ごうと試ろみたが,英国もEU諸国もスイスも幾ら規制を強めても,これを防ぐことが出来ないということが判明した.この遅れによりBSEが拡がり殺処分されなければならなかった牛は実に5百万頭以上に達する.結局EUやスイスでは今年から「すべての動物由来飼料の動物への使用を禁止する」ことが決められたのである.
このような禁止はBSEが肉骨粉の経口的な摂取を通し豚や鶏に感染しない以 上,科学的な根拠に基づくのでなく,肉骨粉が故意又は間違って牛に給与されるのを完全に防止するための処置である.我が国で同様の禁止を行う必要があるかは,9月18日に施工された飼料安全法で牛への肉骨粉の給与の禁止の実施にかかっている.出来るだけ早期にスイスやEUと同様全家畜への給与禁止を準備する必要がある.その他,次の対策が必要である.
(6) すべての農場の牛,羊,山羊の症状の有無の監視を強化し,監視官は毎日の結果をコンピューターに入力し報告する.
(7) なうべく早く,すべての動物について.飼料中に肉骨粉等の動物蛋白や骨粉の混入の有無を検査し,監視を強化する.
(8) BSEの疑いのある牛及びその肉骨粉や獣脂はすべて焼却処分する(埋却や放棄,肥料としての使用を禁止する).(焼却炉の増設が必要となる.)
(9) BSEの疫学的研究を強化し,リスク分析方法を改善する.
(10) BSE研究費を増やし,生きたままで検査出来るBSEの検査方法などの数多くの研究開発を支援する.(特別な高圧滅菌機が多数必要となる.)
(11) 要所要所の監視員の数を増やし,監視結果を定期的に公表する.
また,環境省はBSE汚染物質の処理方法に関する規制を検討する必要がある.以上の対策を実施し,監視体制を強めることにより日本は最も短期間に清浄化が達成できるであろう.
参考文献
(1) 小澤義博: 牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点, J. Vet. Med. Sci., 63 (4), J5-J13, 2001
(2) European Commission: Preliminary Report (J. Moynagh etc)−The evaluation
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