牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点(その3 )

国際獣疫事務局(OIE) 小澤義博*

*国際獣疫事務局(OIE)アジア太平洋地域事務所 顧問
(〒107-0062東京都港区南青山1-1-1新青山ビル東館311号)


1. はじめに

新年早々から国際獣疫事務局(OIE)パリ本部で開かれたBSE清浄国評価委員会に出席し,その後フランス,ドイツ,スイス,イギリス,ベルギーを訪問し,多数のBSE専門家に会って問題点を討議することが出来たのでその要点を含めて報告する.
 まず,OIEのBSE評価委員会の活動について述べることにする.この委員会は世界のBSEフリーと考えられている国々がOIEの清浄国の衛生基準を満たしているか否かを調査する委員会で,今回はその調査に必要な各国への質問状の内容について検討し,リスク評価やその他のデータの提出方法と評価の手順を決めた.この基本方針が今年5月のOIE年次総会で承認されれば,各国の報告書の提出が始まるので,今年後半からその評価が始まる予定である.今のところ約40ヶ国からOIEに清浄国評価の申請が出されるものと考えられている.

2.ヨーロッパにおけるBSEの近況

新たにスロバキア,フィンランド,オーストリアおよびスロベニアにBSEの発生が報告された以外は基本的には前号(1)と大きく変わっていない.しかし,新しい急速診断方法の普及により,2001年屠畜場や野外からの検体数が急増し,昨年1年間で約750万頭以上が検査された.2001年1月から11月末までの検査では1,800頭余りの陽性例が報告されている(表1).
 イギリスはBSEの本家であり,長期にわたり高度の汚染が続いてきており,他のヨーロッパ諸国とはその汚染度が違う.BSE対策も他のヨーロッパ連合(EU)諸国と異なる点が多いので,イギリスとポルトガルだけは分けて考える必要がある.

2.1 イギリスのBSE対策の現状
 イギリスでは1996年にEUの査察が入り,肉骨粉の残りすべてを没収したにもかかわらず,その後も肉骨粉は完全には消えていない.そこで今年も大量の殺処分が続き,まず1996年8月1日から1997年7月31日までに生まれた牛(約12万頭)の全頭検査と殺処分(焼却)が行なわれる.その他の約5万頭が急速診断方法で検査される.英国では30ヶ月齢以上の牛(OTM牛)は食用として屠殺されることが禁止されているため,いずれは廃用牛として焼却処分に回される.1996年4月末から2001年末までに殺処分された牛は約530万頭に達し,今年も合計100万頭近くが殺処分される予定である.1996年,牛への肉骨粉の使用が完全に禁止されたにもかかわらず,未だに多くの牛が感染していることが分かっている.1999年および2000年に行なわれた5歳齢以上の牛の検査ではそれぞれ0.45%と0.42%の牛が陽性であった.これは5歳齢以上の1,000頭の牛のうち約4頭が未だに感染していることを示している.その他,今年も約200頭のBSE発症牛が報告されるものと考えられている.
 その他の死亡牛,病患畜,歩行不能な牛で24ヶ月齢以上の牛は殺処分され,プリオニックス社のウェスタンブロット(W.B.)法で検査される.またBSEに感染した親牛から生まれた30ヶ月齢以上の牛はすべて検査の対象となる.
 イギリスでは食肉用として屠畜場に入る牛はすべて30ヶ月齢(2歳半)以下であり,統計的なデータから見て,すべてBSEに感染していない牛(急速診断法でテストしても陰性)と考えられているので検査はまったく行われていない.これが他のEU諸国や日本と大きく異なる点である.
 一方,羊に関しては,EUが今年4月から実施する新たな対策として,食用として屠殺される羊のうち18ヶ月齢以上の羊を年間6万頭無作為に検査する.また転倒,病畜,死亡した羊も6,000頭検査する.検査結果が陽性となった場合はVLA(Weybridge)で再テストして確認する.陽性の羊はすべて破棄される.

2.2 EUのBSE対策の現状
 2001年1月から始まった屠畜場における急速診断テストは30ヶ月齢以上の牛から始められ,一部の国(ドイツ,フランス,デンマーク等)では24ヶ月齢(2歳齢)以上の牛を検査している.2001年11月末までにEU諸国の屠畜場で処理された健康牛は約680万頭で,その中陽性となった牛は約250頭(表1)その中で最も若い牛は42ヶ月例であった.このことから屠畜場における健康牛は30ヶ月(2歳半)齢以上を検査すればよいとEUでは考えている.
 一方,イギリス以外の国の余剰牛肉問題で牛肉の価格安定を図るためにEUは「廃棄のための買い上げ」を2001年1月から7月まで行い,2歳半以上の牛100万頭余りを買い上げ,処分した.EUの補助金は購入価格の70%であった.この対策でポルトガルなどの牛の年齢が若くなり,BSE発生数はこれから急速に減っていくものと考えられている.またEUは2001年7月からオーストリア,ベルギー,フランス,ドイツ,イタリア,スペインの肉牛飼育農家支援対策として約560億円余りを支給した.原則としてイギリス以外のEU諸国の屠畜場では30ヶ月齢以上の健康牛も食用として使用されており,検査結果を24時間以内に出すよう努力が続けられている.

2.3 急速診断方法の推移
 前号(2)でも述べたようにEUはヨーロッパで開発された4つのBSE急速診断方法のうち次の3方法を同等の感度と特異性を示す方法として認めた.
  ●ウェスタンブロット法(プリオニックス社)
  ●エライザ法(バイオラット社)
  ●エライザ法(化学発光法)(エンファー・アボット社)
 日本で広く使われているバイオラット社のELISA法はプリオニックス社のウェスタンブロット(W.B.)法より感度が高いと言われていたが,その後の調査でEUの比較評価の時に用いられた希釈液がプリオニックス社のW.B.法の感度に不利な結果を与えたと言われている.今日では両者の感度には大きな差がないと考えられている.W.B.法は慣れるまで時間がかかるが,専門家の指導のもと十分訓練を受けてから実施すればELISA法のように非特異的な反応の出る数も少なく,常に信頼度の高い結果を得られると言われている.従ってELISA法を開発したフランスでも一時期はELISA法が増えたが,今では約80%がプリオニックス社のW.B.法を使っているとのことであった(4).さらにプリオニックス社の次世代診断方法が開発されているので,近い将来より速く,より正確に結果を得ることが出来るようになるかもしれない.
 もう一つ注目すべきことは,診断所の民営化で,急速診断を請け負う民間会社や大学などが多くあり,検査費用を全部負担していない国もある.スイス等では疫学的調査のため屠畜場の食肉用牛の5%だけを連邦政府の負担により検査し,残りは民間会社の負担で行なっている.フランスでも22の民間診断所と40の地方行政の診断センターが近辺の屠畜場と契約を結んで行なっている.EU諸国ではEUから検査の補助金が出るため検査費用は安くて済む.フランス,ドイツ,デンマーク,チェコなどでは2歳齢の牛の検査を行なっているが,その他の国では30ヶ月齢以上の牛の検査のみ行なっている.
 その他新しい簡便な診断方法としてスイスで開発されたディップスティック法がある.この方法は牛の脳幹部組織の乳剤を作り,その中に前もって試薬を染み込ませて作った棒を入れ,その色の変化によって結果を診断する方法で簡便化したELISA法である(5).この方法は診断センターから遠く離れた地域や開発途上国で役に立つかもしれない.
 一方,ドイツではBSE感染牛の血液中にBSEに特異的な核酸の存在することが分り,目下マックスブランク研究所や他の3つのグループがBSEの生前検査方法の開発に全力を挙げているが実用化には程遠い。

3.羊・山羊の問題と対策

 未だにイギリスや他のヨーロッパ諸国でBSEに感染した野外の羊や山羊は発見されていないが,実験的にはこれらの動物はBSEに経口的にも感染し,スクレイピーとまったく同様な症状を示すことが分かっている(3).しかもイギリスにおいて最近のスクレイピーの報告例が過去の2倍に増えていることからその中にはBSEに感染したものが含まれていたのではないかと心配されている.
 最近EUはBSEの科学運営委員会(SSC)の報告に基いて,次の5つの対策を打ち出した.
(a) 羊の検査頭数を増やし,その数を羊の数によって割り当てる.最高60,000頭の18ヶ月齢以上の健康な羊を検査する(2002年4月1日から実施).
(b) 各国の羊の遺伝子タイプを分析調査する.
(c) スクレイピー等のTSEフリーの羊群を選定し,証明書を発行する.
(d) 羊,山羊の個体識別方法の選定と普及を急ぐ.
(e) 生前検査方法の開発やBSEとスクレイピーを区別する新しい診断方法の研究開発を支援する.
 EUの中でも特にイギリスではスクレイピーなどのプリオン病に耐性の遺伝子を持った羊の開発に興味を持っているが,その開発となると大変複雑で,実験計画を立てることも大変である.しかも結論の出るまで長い年月を要する.しかし,ヨーロッパが完全にBSEの汚染から抜け出すためには必要と考えられている.
 もし,ヨーロッパでBSEに自然感染した羊や山羊が見つかった場合には,それらの感染機序が牛の場合と大きく異なるので,疫学上からもBSE対策の再検討が必要になってくるであろう.また,羊や山羊の危険な臓器や組織や体液の特定も急がねばならない.

4.食品の安全性と問題点

 BSE関連の食品の安全性に関してEUとOIEの基準には差がある.その理由はEUの殆どの国がすでにBSEに感染しているためのみならずEUはBSEの多くの専門家を抱えているからである.従ってEUではより多くの専門家会議や行政対策会議が開かれ,より速い対策の決定が行なわれている.日本がヨーロッパ並みの安全対策をとっていると言うためにはEUで何が起こっているかを常に承知していなければならないだけでなく日本の対策もEU並みにどんどん変化していかねばならない.
日本での牛の危険部位(SRM)は未だに脳,脊髄,眼,回腸末端部の4つで,その他の部位に関してはあまり知られておらず,十分議論されている様子もない.そこで現在EUやイギリスでとられている最近の食品の安全対策を列記してみる.

4.1 ヨーロッパの危険部位の現状
(a) EUはすべての年齢の牛の腸(十二指腸から直腸まで)の使用禁止(2001年1月から).
(b) 12ヶ月齢以上の牛の頭(脳,眼,扁桃,脊髄の一部を含む)の使用禁止(但しイギリスとポルトガルを除く).
(c) 12ヶ月齢以上の牛の脊椎骨(尾椎骨は除く)とその周辺の神経節の使用禁止(但しイギリス,ポルトガル,オーストリア,フィンランド,スウェーデンを除く).
(d) 12ヶ月齢以上の羊,山羊の頭(脳,眼,扁桃,脊髄を含む)およびすべての年齢の脾臓の使用禁止(2001年8月から).
(e) 牛の頭蓋骨と脊椎骨から機械的に集められた肉(MRM)の使用禁止(2000年10月から).
(f) 6ヶ月齢以上のすべての牛,羊,山羊の骨から集められた肉(MRM)の使用禁止(2001年4月から).
(g) 牛,羊,山羊の屠殺の時のピッシングの禁止(2001年1月から).
(h) 12ヶ月齢以上の牛,羊,山羊の脳,脊髄の使用禁止.
(i) 羊,山羊の頭(舌を含む)と腸の使用禁止をEUは検討中.
(j) TボーンステーキはEUでは禁止されているが,イギリスでは自己のリスクにおいて食べたければ食べられる.但し,イギリスでは骨や骨髄を使って作った料理や食品を禁止している.
 イギリスではEUよりも早く1995年に牛の機械的除去肉(MRM)の使用を禁止し,1998年には羊のMRMを禁止している.かようにEUとイギリスの間には特定危険部位の扱いに少し差があるが,少しでも危険性の疑われるものは次々に特定危険部位のリストに加えられている.

4.2 屠畜場における問題点
 日本の屠畜場では1頭BSE陽性のものが出ると,その日処理された牛はすべて汚染しているかのように考えられ,全頭破棄しないと屠畜場の安全性自体が疑われてしまうようなマスコミや消費者の過剰反応が見られる.しかし,ヨーロッパではそのようなことは殆ど見られず,屠畜場の仕事は通常通り続けられる.但し,陽性例が出た場合に破棄されねばならない牛の数には差があり,スイスのように背抜きされた牛では陽性の牛だけの破棄で済む場合とフランスのように陽性牛の前1頭と後2頭,合計4頭が破棄されているところがある.この数はそれぞれの屠畜場の解体,背抜き,洗滌方法等によって異なるが,それぞれの実験データによって決められる.
 いずれにしても,今日,日本の屠畜場が廃用牛を拒否することは異常で,生産者を不必要に苦しめる結果となっている.関係者や消費者の正しい理解を得るために,どうすれば安全性を保つことが出来るか,実験データを示して説明しないと5歳齢以上の牛の行き場がなくなってしまう.マスコミを通してもっと積極的な教育と宣伝をしないと本来国が買い上げる必要のない牛までずっと買い上げ続けていかねばならなくなってしまう.
 もう一つ日本の屠畜場で,ヨーロッパとは異なり,実施していることは牛の全頭検査である.前述のごとくEU諸国で2001年に約700万頭が急速診断法で検査されたが,最も若い陽性牛は3歳半(42ヶ月齢)であった.EUでは通常30ヶ月齢以下の牛は安全で,特に検査する必要がないと考えているが,ドイツ,フランス,デンマークなどでは念のため2歳齢以上の牛を検査している.これは前号(1)の論文の中でもはっきり述べているが,日本では昨年来のパニックを静めるために全頭検査を実施すると宣言してしまったのでこれを改めるには大変苦労することになる.
 イギリスにおけるBSE発症牛の年齢と発症頭数は表3に示されている.この表から言えることは確かに汚染した肉骨粉が大量に出回っていたと思われる時期には1歳齢以上の牛2頭が感染した例があるが(表2),それ以外は2歳齢以上である.しかも最近では3歳齢以上の牛が殆どとなってきている.これらのデータを合わせると2歳齢以上の牛の検査はBSE汚染飼料が大量に与えられた牛の多い場合には必要となるかもしれないが,最近BSEが発見されたヨーロッパ諸国のように汚染濃度がそれほど高くない場合には30ヶ月齢以上だけの検査でも十分であるということになる.
 従って日本での検査もフランスやドイツやデンマークのように2歳齢以上の牛に限定することを消費者に説明し,理解が得られれば切り替えていく努力をすべきであろう.

4.3 追跡調査
 日本でも牛の登録番号の必要性はすでに認められ,目下その実施のための対策がとられているが,それと同時に日付や牛のパスポート番号,保存期間,その他必要なデータをコンピューターに入力し,屠畜場からの出荷製品に明記しておく必要がある.これはなかなか大変な仕事で専門家の援助を必要とする.しかし,このコンピューター化が出来れば,消費者の食品に対する信頼が高まるだけでなく,回収の場合や流通の不正防止や摘発にも役立つことになる.

5.飼料の問題

 牛の飼料の汚染がBSEを広げる根源であるのでその汚染を100%防止出来なければBSEを日本から撲滅することは出来ない.ヨーロッパにおける肉骨粉(MBM)の使用禁止に関する歴史を要約すれば,イギリスは1988年に反芻獣由来の肉骨粉を反芻獣へ使用することを禁止したが,完全には守られなかったので1996年にEUの支援を得て,すべての動物由来の飼料をすべての動物に与えることを禁止した.その後も検査による監視が続けられてきたが,未だに飼料中に肉骨粉の混入が低いレベルで検出されることがある.
 EUは1994年に反芻獣由来の肉骨粉の反芻獣への使用を禁止したが,その後もEU諸国内での肉骨粉の使用は完全には止まらなかったので,2001年1月からすべての動物由来の飼料の家畜への使用を禁止した.また反芻獣由来の脂肪の純化処理(非溶解物質を0.15%以下にすること)を義務づけた.

5.1 最近のヨーロッパにおける肉骨粉対策
 肉骨粉の汚染濃度を低めるため,イギリスでは1995年から,スイスで1998年から,EUで2000年から,蒸気圧3気圧,133。C,20分以上の熱処理を開始した.しかし,すべての化成工場がこの熱処理を実施したとは限らない.この高熱処理が行なわれるまでは飼料中に混入している動物由来の蛋白がELISA法により検出することが出来たが,133。C以上の熱が加えられるとELISA法で検出することが難しくなった.
 そこでEUは現在デンマークの会社の開発した,PCRを使ってDNAを検出する方法をイタリア(Ispra)の研究所で評価している最中である.もしこの方法が実用化されれば検査基準を決めて2002年後半からでも再び飼料の検査を実施する.この検査方法がEU全体に応用できても反芻獣への動物由来の飼料の使用禁止は継続されるが,安全管理が保証できれば豚のMBMを鶏に使用し,鶏のMBMを豚に使用する可能性を調査することになるかもしれない.(しかし目下は植物性蛋白飼料のみが認められている.)
 EU諸国では,動物蛋白の使用が将来再開出来る場合に,牛や羊用飼料への反芻獣由来のMBMの混入をいかに防ぐか,いろいろな手段を工夫している.例えば,アイルランドでは1農家で1動物種のみを飼育するようにする,またデンマークやオランダでは化成工場の扱う動物を1種類だけに限りそのMBMは異種の動物の飼料にしか使用出来ないようにする方法を検討している.
 また,魚粉の使用は安全なようであるが,検査,管理システムがしっかりしていないと,反芻動物由来のMBMが安いため,不正に混ぜられてしまう恐れがある.いずれにしても飼料の検査体制が完備してからでないと実施出来ない.
 代用乳の汚染の可能性は日本だけでなくデンマークやドイツでも問題視されている.2002年1月に開かれるEUの会議で討議されるが,化成工場でMBMの製造過程で出る獣脂(tallow)は133°C,3気圧,20分以上の熱処理を行なったものは牛,羊,山羊,ペット以外の動物に使用が認められることになるものと考えられている.

5.2 肉骨粉の処理方法と利用法
 目下,EU諸国では肉骨粉も獣脂も焼却処分するのが主流であるが,BSEの多発している国では焼却が間に合わず,保管のための倉庫が不足している.肉骨粉はエネルギー源として発電に使ったり,セメント,パルプ,タイルの製造に利用しているが,それでも余ってしまうので,イギリスでは133。C,3気圧,20分以上で熱処理した肉骨粉を特定の隔離された場所に埋めている.しかし,その場所の選定には環境問題をクリアするだけでなく,野生動物の侵入防止用フェンスを作ることなども考慮する必要がある.
 日本でも肉骨粉を果樹園に肥料として使えないか考慮しているようであるが,肥料として使った場合にはBSEプリオンは長期間病原性を保ったまま地表に残るので鹿のようなBSEに感受性のある野生動物の口に入る可能性が高い.もしBSEが鹿に感染すると北米の慢性消耗病のように鹿から鹿へと広がってしまう可能性があるので,これは日本では絶対に許してはならない.

6.BSEプリオンの濃度と潜伏期間との関係

 BSEプリオンの濃度と潜伏期間との関係は牛に経口的に与えられたプリオンの濃度が高いほど潜伏期間は短くなり,異常に濃度の高い場合には1〜2歳齢の牛でも発症することが認められている(表3).イギリスにおける調査では汚染したMBMが最も多く市販されていたと考えられる1987年頃に生まれた牛に若くて発症したものが多く,4歳齢の牛が最も多く発症した.しかし最近では2歳から8歳までの間に発症しており,ピークは4〜5歳齢である.極めて低い濃度で感染した場合には潜伏期が10年以上の場合もある.
 一方,牛の年齢と感受性との関係は潜伏期間ほど明らかではないが,生後6ヶ月までの牛はそれ以上の牛よりも感受性が高いものと考えられている.しかし,6ヶ月以上の牛でもBSEに感染することは分かっている.
 日本の場合,もっと多くのBSE陽性例が出て,その年齢との関係が分かれば疫学的分析も可能となるが,5歳齢が3頭だけでは分からない.今日までの検査で若い牛に1頭の陽性牛も出ていなければ日本の飼料の汚染度はヨーロッパ諸国並みに比較的低かったものと考えられる.しかし,今後日本で何頭陽性例が出るかはやり方次第で,もっと多くの高年齢牛を年齢別に分けて検査してみないと分からない.

7.監視体制強化の重要性

 BSE防疫対策の難しさは究極的には決められた規則を人間が100%守るか否かにかかっている.従って数多くの監視官と特別な組織が必要となる.ヨーロッパのBSE対策の遅れた理由は監視組織と検査システムが弱かったためで最近やっとその強化による効果が見えるようになってきた.
 監視官が目を光らせていなければならない場所は飼料工場,屠畜場,食肉加工場,化成工場,輸入・流通業者,BSE監視組織,検査センター,医薬・化粧品製造工場等で,不正の取締りがすべての重要分野を網羅していなければならない.(特に縦割り行政間の隙間があってはならない.)
 フランスではBSE対策を強化するために300人の監視官を新たに採用したと聞いている.スイスでもこの監視組織の重要性に注目し,今年からすべての現場をチェックする組織が行動を開始した.EUにも監視の専門官が数多くいるが,各国の現場の監視はそれぞれの国の監視官が行なうので,その組織の弱点をEUが監視している形になっている.EUの監視官の意見によれば監視組織は農業関係と公衆衛生関係を分けることなく一つの組織となって合同で監視する方がより有効な監視が出来ると強調していた.
 日本も出来るだけ早く新たなBSE監視組織を作ることがBSE対策の成功に必要な第一歩である.これから雪印食品の不正のようなことが続いて起こらぬよう早く専門の監視官を養成する必要がある.もしこれが出来なければ日本からBSEを消すことは難しくなる.BSE撲滅には最低数年ないし10年はかかるので腰を据えて対処していくことが大切である.BSE対策は安易に急いで決めると必ず失敗する.また主要な対策には100%でなく120%の対策を講じる必要がある.

8.BSEに感染した国の将来

 BSEとの戦いは人間のモラルとの戦いとなる.口蹄疫や狂犬病のような単純な伝染病は患畜を見つけだして淘汰していけばよいので1年以内に清浄化が達成出来るが,BSEは一旦国内の牛に発生してしまうと完全に清浄化を達成するのに最低数年ないし10年はかかってしまう.BSEの清浄化を宣言するには最後に発生したBSEの殺処分から数年間監視を続け,完全に消滅したことを証明せねばならない.その間もしも防疫対策に不備な点があったとするとそれが判明するまでに平均潜伏期間の約5年を要し,それから対策の再強化と数年間の監視期間が必要となる.従って目下実施されている対策に不備があれば少なくとも数年間の遅れを意味し,更に莫大な経済的損失を蒙ることになる.
 BSEとの長期戦に勝つためにはこれまでの伝染病対策とはまったく違った人間のモラル対策を強化していかねばならない.しかもそれは完璧なものでなくてはならない.安易な対策や監視体制ではこの病気には勝てない.それはもうヨーロッパで既に実証済みである.
 提案したいことはたくさんあるが,今最も重要なことを一つ提案するならば,出来るだけ早く海外のトップレベルのBSE専門家(2〜3人)をアドバイザーとして招聘して長期計画を立てることである.今までに作った計画は急いで作ったものが多く,弱点が多い.一つのミスが数年間のロスとなることを考えれば外国からアドバイザーを呼び,本当に「ヨーロッパ並み」の完璧な長期計画を立てることから始めるべきである.

9.結  論

(a) 牛のBSEは伝染病でなく,伝達性疾患である.この病気の撲滅には最低数年ないし10年を要する.従って完璧な総合対策計画を,海外のトップレベルの専門家の意見も含め,時間をかけて立案する必要がある.
(b) BSE対策は人の倫理との戦いになる.この戦いに勝つためには必要な検査方法や罰則を伴う法律を基に現場を監視する体制の確立が必要となる.
(c) 汚染飼料の完全な排除と安全な破棄は極めて難しい問題が多く,あらゆる抜け道を防ぐ必要がある.ヨーロッパでの失敗を繰り返してはならない.環境問題を重視し,汚染肉骨粉などを肥料としたり,不用意に破棄すると野生動物,特に鹿にBSEが感染し,日本からBSEが永久に抜けなくなってしまう恐れがある.
(d) 2歳齢以下の牛のBSE検査の必要はないが,3歳齢以上の高齢牛の検査を増やす必要がある.そのために必要な屠畜場の安全対策を整備し,マスコミを通して消費者の協力を得る努力が必要である.
(e) 食肉製品や医療・化粧品の安全性についてはEUの新しい対策を常に検討し,逐次安全対策を強化していく必要がある.
(f) 日本のBSEやvCJDの研究者はイギリスを訪問し,研究協力を強化する必要があるが,BSE防疫対策の手本としてはイギリスよりスイスやドイツ,フランス,デンマーク等の対策を見学した方が直接参考になることが多い.
参考文献
(1) 小澤義博:牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点(その2),J. Vet. Med. Sci. 63 (10); J15-J22, 2001
(2) 小澤義博:牛海綿状脳症(BSE)の現状と問題点,J. Vet. Med. Sci. 6384), J5-J13, 2001
(3) Jeffrey, S. et al. Oral inoculation of sheep with the agent of BSE. 1. Onset and distribution of disease specific PrP accumulation in brain and viscera. J. Comp. Path. 124, 280-289, 2001
(4) Dragos, G. Laboratoire Departmental de l'Orne, Alencon France, Personal communication
(5) Prionics AG., University of Zurich, Zurich, Switzerland

表1.ヨーロッパ諸国のBSEのサーベイランスの結果
表2.イギリスにおけるBSE発症牛の年齢
表3.2001年にEU諸国で検出されたBSE陽性牛の年令と頭数