Bウイルス感染症

本藤 良(日本獣医畜産大学・獣医公衆衛生学教室)

  1. Bウイルス感染症の概要
     
    Bウイルス感染症は、旧世界ザル由来の人獣共通感染症の一つで、ヒトおよび新世界ザルが感染すると致死的症状を呈することで問題とされている。
     1932年に米国の研究者Brebnerが外見上正常なアカゲザルに咬まれ、急性進行性髄膜脳炎で死亡したのが初発例である。1933年にその脳からウイルスが分離され、その性状が明らかとなった。Bウイルスは正式名称Cercopithecine herpesvirus 1(オナガザルヘルペスウイルス1)、一般にSimian herpes B virus(SHBV)と呼ばれ、ヘルペスウイルス科のαヘルペスウイルス亜科に属する。分子量は約130kd、核酸は2本鎖DNA、約160kbでG-C含有量が約75%である。

  2. Bウイルスの自然宿主と感染様式
     Bウイルスの自然感染は、旧世界ザルのマカク属に分類されるサルの間で主に感染環を形成している。その中にはニホンザルも含まれる。初感染の後、多くは不顕性感染の経過をとり、ヘルペスウイルスの特性から後根神経節に潜伏感染を引き起こし、ストレスや免疫抑制などの要因により再活性化を繰り返す。この過程で唾液、結膜(涙液)、陰部粘膜(尿)からウイルスが分泌されて感染源となり、咬傷や引っ掻き傷などの接触感染により伝播するものと考えられている。感染ザルでは軽症(不顕性感染、口腔内潰瘍)だが、ヒトおよび新世界ザルが感染すると脳脊髄炎症状を呈し、致命率はヒトで約50%である。

  3. Bウイルス感染症の疫学
    1)Bウイルス感染の発生状況
     Bウイルスのヒト感染症例に関する主な報告は、(1) 1932年:米国の研究者、急性進行性髄膜脳炎(初発症例)、(2) 1950年代後半:12症例(実験室感染)、ポリオワクチンの検定(サル)開始・年代、(3) 1973〜1987年:3症例(実験室感染)、発症例の減少傾向、(4) 1987年:4症例(フロリダでの集団発生)、1症例(第二次感染)、(5) 1989年:3症例(ミシガンでの集団発生)、(6) 1990年:1症例(サルの健康管理獣医師)、(7) 1997年:1症例(実験室感染)、(8) 2000年 3月:英国サファリパークで、Bウイルス感染アカゲザルの混在が判明、215頭を射殺処分。
     現在までに、幸いにして本邦での発生はみられていないが、外国例では少なくとも30数例の症例が報告されている。多くはサルに関連した研究者や動物飼育管理者による実験室内感染であるが、潜伏ウイルスの再活性化による再発症例や第二次感染が起こり得ることも明らかにされている。また、ウイルス感染のモデル実験等にサル類の使用数が増加していることに加えて、最近ではペットを含めた動物園等の展示ザルからのヒトへの感染が懸念されている。

    2)マカク属サルのBウイルス汚染状況
     本邦において、輸入・マカク属サルのBウイルス抗体の保有調査が行われている。輸入・野生カニクイザルでの調査では、(1)1979年〜1987年:2,018頭中の51.2%、(2)1994年〜1995年:1,200頭中の41.9%がBウイルス抗体陽性であった(国立感染症研究所・筑波霊長類センター)。また、国立大学・実験用飼育ザル類での調査(1997年)では、(3)マカク属のサル類947頭中の40%が抗体陽性で、その内ニホンザルでは34%が抗体陽性であった(Sato,et al:Exp Anim 47,1998)。Bウイルス抗体陽性ザルは、後根神経節に潜伏の状態で生涯ウイルスを保有することで重要な知見である。

    3)Bウイルス抗体陽性ザルの三叉神経節への潜伏感染
     Bウイルス抗体陽性の輸入・カニクイザル、A群(10頭)およびB群(20頭)の左右三叉神経節からPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法による潜伏Bウイルスゲノムの検出を試みた結果、Bウイルス抗体陽性ザルのうち、三叉神経節に潜伏感染を起こしているものが約35%から50%であることが判明した。これらの潜伏ウイルスがストレスや免疫抑制などの要因により再活性化を繰り返すことにより、唾液からウイルスが分泌されて、主要感染源となるものと思われる。

  4. Bウイルス感染症の臨床症状
     感染性のBウイルスが分泌されているサルから咬傷などにより感染した場合、局所での第一次増殖後、末梢神経を伝達して中枢神経組織に到達し、上行性脊髄炎や脳脊髄炎を起こし、経時的な臨床症状を呈する。(1)早期症状:接触部の激痛や掻痒感、外傷部周囲の水疱や潰瘍、リンパ節腫大。(2)中期症状:発熱、接触部の感覚異常や麻痺、結膜炎など。(3)晩期症状:頭痛と項部硬直、悪心と嘔吐、脳幹部症状(眩暈、交差性知覚障害、脳神経麻痺)、意識障害、脳炎など。(Holmes GP,et al:Clin Infect Dis 20,1995 )。

  5. Bウイルス感染症の診断および予防と治療
    1)医療機関での診断
     サルによる創傷の後、上記した皮膚の水疱や神経症状を呈した場合にはBウイルスの感染を疑う。確定診断は、皮膚病変部、脊髄液および血清を検体として、特異ウイルスゲノムの検出や抗体の検出で行う。医師の依頼に限り、国立感染症研究所・筑波霊長類センターで実施している。なお、サルのBウイルス抗体検査は予防衛生協会(筑波霊長類センター内)で行っている。また、Bウイルス感染の患者を診断した場合は、最寄りの保健所に7日以内に届出義務がある(感染症法・第12条)。

    2)実験室での診断(確定診断)
     (1)抗体の検出法:ELISAやウエスタンブロット法および免疫蛍光間接法で実施。ヒト単純ヘルペスウイルス1、2型との共通抗原性が高く、ヒト感染例での確定診断が困難。 (2)PCR法:特異Bウイルスゲノムの検出、ウイルス分離に代わる方法。

    3)応急処置および予防と治療
     (1)応急処置:咬傷、引っ掻き傷部を早急に石鹸などで洗浄し、消毒薬に15分以上つける。眼や粘膜の場合は滅菌生理食塩水や流水でよく洗浄する。
     (2)医療機関での治療:ヒト感染症例での予防と治療に、抗ヘルペスウイルス剤(アシクロビルおよびガンシクロビル)の投与が推奨されている。

本藤 良(日本獣医畜産大学・獣医公衆衛生学教室)
E-mail: nvau-vph@interlink.or.jp