Q 熱

平井克哉(岐阜大学名誉教授(現 天使大学教授))

概要
 病名は Derick, E. H.が1935年オーストラリアの屠場従業員に多発した原因不明の熱性疾患 "query" から名づけられた。感染動物は軽い症状・病態であるが、乳汁や尿などから病原体を排泄する。ヒトは主に病原体を含む粉塵の吸入と乳製品から感染し、インフルエンザに似た症状から気管支炎、肺炎、肝炎、髄膜炎など多彩な病像を示す。慢性例では肝炎や心内膜炎などの病像を呈し、治療が遅れると死亡することもある。わが国にも急性および慢性Q熱が広く存在する。その背景には動物やその製品が深く関与している。一見健康な動物の健康管理、食品の安全管理、環境整備などは古くて新しい獣医師の責務である。

病原体
 病原体Coxiella burnetii は、リケッチア科コクシエラ属の菌種であったが、最近偏性細胞内寄生性の科未定の一般細菌になった。属名はダニ由来のNine Mile 株を同定したCox, H.R.に、種名は不明熱患者から本菌を同定したBurnet, F.M. に由来する。大きさは0.2〜0.4×1.0μm、球菌の1/2から1/4である。本菌は胞子様構造を持つ小型細胞と母細胞の大型細胞からなり共に感染性がある。本菌は熱や乾燥などに極めて抵抗性が強い。また、腸内細菌のS−R 変異に似た相変異(Iおよび I I 相菌)を起こす。

発生・ 疫学

  • 感染環:感染宿主はヒトをはじめ家畜・家禽、愛玩動物、野生動物、鳥類など極めて広い。感染動物は軽い発熱や流産など以外にほとんど症状を示さないが、乳汁、流産胎子、胎盤などから大量の病原体を排泄する。したがって、本菌は自然環境に広く分布し複雑に交差し維持されている。ヒトは主に病原体を含む粉塵の吸入によって感染することが多い。次いで、生乳や乳製品などから、希に、保菌ダニの糞塵吸入や咬傷などからも感染する。

  • ヒトの疫学:外国では爆発的集団発生が食肉解体処理場、羊毛処理場、乳肉加工場などで記録されている。また、伴侶動物や家禽などからの散発例や集団発生例もある。最近のトピックとして、スイスで秋に山で放牧中のヒツジを里へ移動3週後に近隣の住民415名に集団発生した例がある。また、小・中学校や大学で飼育中の動物から児童や学生に集団発生した例もある。最近のQ熱の増加は家畜・愛玩動物のコクシエラ症の増加によると警鐘されている。わが国では1952年WHOの依頼を受けて畜産関連の健康者に低いCF抗体保有率が検出されたが(2.9%)、患者や病原体が確認されなく、Q熱は日本に存在しないと考えられていた。1988年帰国直後に発症した医学留学生の症例を契機に研究が開始され、呼吸器疾患患者や健康な畜産関係者に高率に抗体が検出され、わが国にもQ熱患者が広く存在することが血清学的に示唆された。1993年にインフルエンザ様症状を呈した学童の血清から C.burnetii が分離された。また、不明熱患者、上部気道炎患者、異型肺炎患者などの血清からも本菌が分離され、病原学的にも明らかになった。さらに、内科医により飼育ネコ・イヌ・ウシやダニ・生チーズなどが感染源と推定される典型的な症例や感染源不明な症例も集積された。次いで、重篤な基礎疾患や免疫機能低下者などに抗体および遺伝子検出陽性患者が比較的多いことが証明され、わが国にも慢性Q熱患者が相当数いると推察されている。

  • 動物の疫学:家畜の抗体保有率は、WHOが32カ国で調査した1950年代と最近の成績を比較すると、1980年代が明らかに高い。最近の家畜・愛玩動物の保菌率の増加はヒトQ熱の増加に反映していると警鐘されている。わが国では1954年に46県のウシ983頭中11例にCF抗体が認められた。最近の家畜と愛玩動物では抗体保有率が高い。また、野生動物の各種からも抗体が検出され、ヒトのQ熱や家畜のコクシエラ症と深く関係していることも明らかである。一方、生乳、ウシ子宮スワブ、ウシ乳房、ウシ流産胎子、牧場のダニ、ネコ子宮スワブおよびカラスの腸管から本菌が分離され、わが国の家畜や愛玩動物などに C. burnetii が広く存在することが病原学的にも明らかにされた。

診 断

  • ヒト:ウイルスおよび細菌による呼吸器疾患と極めて類似し臨床的に鑑別が難しい。急性と慢性の多様な病態を示す。急性例の潜状期は14日から26日で感染量が多いと短い。発熱、頭痛、胸痛、筋肉痛、関節痛、発汗、咳嗽などから気管支炎、肺炎、肝炎、髄膜炎、皮膚発疹、髄膜脳炎、眼神経炎、腎臓障害などを起こす。病像は多彩で同時に重複すことも知られている。予後は一般によく、多くは2週間以内で下熱し回復する。慢性例では肝炎、心内膜炎、心筋炎、壊死性気管支炎、血管炎、骨髄炎などの病像も知られている。治療が遅れると死の転帰をとることもある。また、不顕性感染や一過性の発熱・呼吸器症状で終息することも知られている。これは株による病原性の強弱と免疫的な易感染者によることで説明されている。

  • 動物:家畜や愛玩動物は軽い発熱を示す程度で、多くは不顕性に終わる。しかし、乳汁や糞便などに病原体を長期間排泄する。妊娠動物が感染すると死・流産を起こすこともある。子牛の皮下にNine Mile株を接種すると、発熱や鼻汁などを呈し約10日間血症を起こす。妊娠牛では発熱や食欲不振などから子宮炎や流産などを起こす。妊娠8ヶ月齢以降の感染では虚弱牛で出産し、1週間以内に死亡することが多い。その後母牛は子宮内膜炎や不妊などになる。ヒツジやヤギの感染もウシに類似する。ウマではカタール性鼻炎、結膜炎、呼吸器症状などを呈する。イヌとネコは不顕性から軽い発熱程度である。妊娠ネコは死・流産を起こす。鳥類は不顕性感染である。

  • 病原学的診断: C. burnetii は実験室内感染しやすく危険度クラス3の病原体で、分離には十分な注意が必要である。病原学的診断は患者・患畜の血清や臓器などから実験小動物、発育鶏卵および培養細胞接種法のいずれかの方法によって行われる。同定は動物の臓器、卵黄嚢ないし培養細胞の塗沫標本のGimenez染色による細胞質内の菌体検出、材料接種2週から3週後の特異抗体の検出、脾臓・卵黄嚢・培養細胞などの塗沫標本の既知抗血清によるIF抗原およびRCR法による遺伝子断片の検出で行う。患者・患畜の血清や臓器などからRCRにより直接診断できる。

  • 血清学的診断:凝集反応、補体結合反応(CF)、間接蛍光抗体法(IF)、酵素抗体法(ELISA)などがある。IFおよびELISAが一般的に用いられる。I相菌に対する抗体は患者(患畜)の回復期の後期(発症4週後)に出現し短期間で消失する。また、II相菌に対する抗体は回復期の早期に出現し長期間持続する。したがって、診断用抗原にはII相菌が一般に用いられる。IF抗原は精製ホルマリン死菌または感染臓器ないし感染培養細胞をアセトン固定して、またELISA抗原は精製菌体を可溶化して用いる。両法は特異的IgM、IgGおよびIgA抗体も検出できる。その他従来からの凝集反応およびCF反応も用いられる。最近遺伝子診断法も開発されている。

予防・治療
 外国ではヒトと動物のワクチンが開発され、感染リスクの高いヒトと動物に対して奨励されている。しかし、安全で十分効果があるワクチンの完成には至っていない。ヒトの治療はテトラサイクリン系の抗生物質とニューキノロン系抗生剤が最も有効で、多くの場合2日から3日以内に解熱する。次いで、リファンピシンやエリスロマイシンなども有効である。本菌は症状回復後も長期間網内系細胞に生残し、宿主からの完全な消失は容易でない。したがって、3週から4週間の継続投与が望ましく、症状の改善があっても3週間以上投与しないと再発することがある。動物の治療もテトラサイクリン系の抗生物質が有効である。

平井克哉(岐阜大学農学部教授)
TEL:058-293-2945
メール:khirai@cc.gifu-u.ac.jp