米国食品医薬品局(FDA)が上記の指針を8月24日に発表しました。Points to Consider(PTC)は法律ではありませんが、指針に相当するものです。組換え体の安全性と動物由来の病原体による人獣共通感染症の問題の両方がこのPTC
の根底にあります。すでに第18回の講義でご紹介したように動物工場由来の医薬品の実用化はかなり間近のものになってきたといえます。
とくに興味がひかれる点は以下の通りです。
1。動物工場での医薬品だけでなく異種移植用臓器も対象としていること。(第18回参照)
2。牛海綿状脳症にとくに配慮していること。これは動物工場として使用される動物に羊が多く、羊は英国での牛海綿状脳症の原因になったスクレイピーの自然宿主であるためです。本講座第9回を参照してください。
3。トランスジェニック動物の定義が拡大解釈されていること。導入遺伝子が遺伝子治療の方法で体細胞に入っていて生殖系列には組み込まれていない動物まで含められています。
このPTCの大要を以下にまとめてみます。なお、主旨を伝えるためにかなり意訳をしているところもあり、行政的表現はかならずしも正確ではありません。この点をお含みおきください。また、全体の構成が分かるように全項目を一応、列記してあります。
I. 目的
治療用の製品はトランスジェニック(Tg)動物由来で人体に用いる薬、生物学的製品、生物学的道具のことで、これには組織、細胞材料も含まれる。
このPTCの目的はTg動物由来の生物学的製品がほかの方法で作られたものと同様に安全で有効であることを保証するために考慮すべき点を示すものである。
II. 関連する規則
省略
III. Tg 動物の定義
人為的に組換えDNAを導入して変えられた動物のこと。これには2つの種類、すなわち生殖系列に導入されて遺伝的になったものと、体細胞に導入されて非遺伝的なもの、が含まれる。前者の例は配偶子、初期胚、または胚性幹(ES)細胞の体外操作で生殖系列のDNAが変えられたものである。後者の例には直接プラスミドDNAの注射またはウイルスベクターによる遺伝子移入といった遺伝子治療の方法で体細胞DNAが変えられたものがある。
IV. 導入遺伝子の構築と性状
最終産物が期待したとおりの性状を示すようにTg動物作製用の組換えDNA構築は十分に性状が明らかになっていなければならない。(内容的には一般の組換えDNAの産業利用指針と同じものです)。
IV-A. 導入遺伝子と発現システム
(原則的には遺伝子構造をなるべく詳しく述べるようになっていますが、YACベクターのように大型DNAセグメントの場合には詳しい制限酵素地図を示すことになっています。)
IV-B. ホモロガス・リコンビネーションによるジーンターゲッテイング
目的とした遺伝子の機能が十分に失われていることを示さなければならない。種々の機構で目的遺伝子
の機能の損失が不完全な例が多く知られている。それゆえ、目的遺伝子の産物が機能を発揮するような形で存在していないことを示すことが重要。
V. Tg動物始祖系統(F0)の作製と性状解析
V-A. 配偶子やES細胞のドナー、代理親、受容雌の由来の詳しい記載。当該動物種に特異的な病気の検査法を含めた疾病管理法。当該動物種に伝染性海綿状脳症が存在する国からの動物の使用は避けること。外来性病原体については、VII-C項で生産群に導入する際に必要な外来性病原体スクリーニングの条件に合致していなければならない。
V-B. 異種遺伝子の導入方法
詳しく述べること。体細胞導入の場合も同様に。
V-C. Tg始祖動物の性状
V-C-1. 始祖動物の解析
導入遺伝子の検出法の感度を明らかにする。異種DNAが導入されても目的産物を生産していない動物と導入されていない動物との区別をしなければならない。
始祖動物が目的産物を生産していることを確認するための方法についての記載。目的産物の生産量、季節、年令その他による生産量の変動。目的とする組織、適当な年令での導入遺伝子の発現を確認すること。産生する組織は天然の生産組織と異なり産物の転写後の修飾が異なることがある。プロセッシングが異なることによる生物学的、免疫学的活性への影響を調べること。導入遺伝子による蛋白の高度発現により内在性蛋白の発現レベルが損なわれ、その結果として動物の健康や利用価値が損なわれることがある。
V-C-2. 遺伝的安定性と発現
V-C-2-a. 遺伝的安定性
数世代の育種でコピー数が安定していること。できればひとつの染色体部位に組み込まれていることを確認。
V-C-2-b. 発現の安定性
Northern blot、RT-PCR, DNase protection assayなどで調べる。
VI. Tg始祖動物の確保
細胞の場合マスターセルバンクMaster cell bank (MCB)、ワーキングセルバンクWorking cell bank (WCB)がある。これと同様の概念でマスタートランスジェニックバンク、ワーキングトランスジェニックバンクを設ける。特定の始祖系統由来の動物を相当数確保するか、凍結精子や凍結胚を利用する。(たとえば大腸菌にインターフェロン遺伝子を組み込んで、インターフェロンを作る場合、もとの組換え体ーすなわち組換え大腸菌ーがマスターセルバンクとして保存され、ここから生産用のワーキングセルバンクが作られます。このワーキングセルバンクから大量の組換え大腸菌を増やして生産をします。その結果、一定の品質が確保できることになります。同様の概念を動物に適用したわけです。)
VII. 生産群の作製と選抜
VII-A. 動物の由来、系統
VII-B. 育種方法
VII-C. 生産群に新しい動物を導入する場合
外来性病原体から守るために病気の動物は導入してはいけない。健康状態が生産群の基準に合致していること。
VIII. Tg動物の維持
VIII-A. 健康監視
健康状態を維持し、外来性病原体、殺虫剤、動物薬からの汚染防止をはかるための詳細な計画を提出する。病気の動物は生産群から除く。牧草で飼育する動物の場合、管理した環境下ではないので、バリアー内の動物よりもさらに広範な伝染病に対する試験が必要である。
場合によってはTg動物自体がin vivo安全試験となるので目的産物の構成的発現の影響を調べるために十分な期間観察しなければならない。
VIII-B. 生産用動物への給餌
Tg動物には伝染性海綿状脳症の病原体を持っているかもしれない動物種から作った離乳食を与えてはいけない。
殺虫剤の残留も監視しなければならない。
VIII-C. Tg動物の飼育施設:省略
VIII-D. 生産群からの除外:省略
VIII-E. Tg動物の処分または副産物の利用
一般的には組換えDNA 指針に従う。遺伝子導入に失敗した動物(非組換え動物)は指針に準じて食用にまわすことができる。人間またはペットの食物、家畜の離乳食に利用する際の規則も述べられている。
VIII-F. 指示(sentinel)動物
可能な場合、定期的な健康診断のために指示動物計画を考慮する。
IX. Tg産物の精製と性状解析
IX-A. 産物の採取
産物の最大限の安全性、無菌性、力価、純度が保てるような採取手順に従う。無菌状態での採取は現実的ではない。採取施設はできるだけ清潔でなければならない。
IX-B. 生産ロットの定義:省略
IX-C. 内在性および外来性病原体
IX-C-1. 宿主動物
多くの動物種が医薬品生産用宿主に用いられており、これらの宿主についての経験に乏しいことから安全性はケースバイケースに考える。
感染のコントロールの厳密さと外来性病原体除去のためのバリデーションvalidationは産物の利用目的、産物の採取法、精製過程、生産時の動物の飼育法で異なる。たとえばミルク、血液、尿のような体液から分離した産物は無菌的に採取した臓器からの産物とは異なる。(内容的にはバリデーションにかなり依存した記述になっています。バリデーションについて簡単に説明しておきます。もっとも標準的な方法は予想されるウイルスに近いウイルスをモデルとして各精製過程、たとえば遠心、濾過などの前に加え、その過程の後でウイルスがどれくらい除去されたか調べます。たとえば5つの過程があったとしてそれぞれの操作の後で、ウイルス量が1/10,
1/100, 1/100, 1/100, 1/100になったとすると、全精製過程での理論的除去効率は10 x 100 x 100 x 100 x 100、すなわち1/1,
000,000,000ということになります。もしも原材料に1000個のウイルスが混入する可能性があるとすると、最終製品での混入量は1/1,000,000個になり、汚染の危険性は現実にはありえないということになります。キャリアーからの血液で作っていたB型肝炎ワクチンでは不活化の程度を実際に調べる方法がありませんので、バリデーションで安全確認が行われました)。
IX-C-2. 産物の由来する組織
主にミルク、血液、尿のような体液が用いられており、継代細胞の場合と異なり、ロット毎に微生物学的おおよびウイルス汚染の可能性が異なる。
IX-C-3. 病原体の試験と除去
Tg動物は人のさまざまな病原体(ウイルス、細菌、マイコプラズマ、伝染性海綿状脳症病原体)を含むおそれがある。
製造者が試験方法などを詳しく提出する。バリデーションは生物製剤用の細胞株のための留意点に述べられた内容に準じている。
IX-D. 産物の同定と純度:省略
IX-E. 最終産物のロットについての試験
ほかの組換え産物と同様にとりあつかう。
IX-F. 組織のドナーに用いる場合の配慮
移植に使用する前一定期間保存して外来性病原体の否定試験を行うことが望ましい。直ちに移植しなければならない場合には、あらかじめドナー動物について安全確認を行う。
X. 臨床応用の前の安全評価:省略
Kazuya Yamanouchi (山内一也) |