ニパウイルス感染症

坂本 研一(動物衛生研究所 海外病研究部)

 1998年から1999年にかけてマレーシアの養豚関係者の間で、動物種を超えて感染する全く新しいウイルスによる重篤な脳炎が発生した。この結果、患者265名のうち105名が死亡し、感染源となる豚901,228頭(飼育総数249万頭のうち)が殺処分されるという事態が起こった。また、マレーシアから豚を輸入していた隣国シンガポールでも、と畜場員11名が感染して1名が死亡した。マレーシアではこれ以後大きな発生は認められていませんが、2000年にも新たな感染者、感染豚が見つかった。しかしながら、2001年1月以降新たな感染が見つかっておらず。とりあえずは本病はマレーシアで収束を向かえた形になっている。本病の発生当初において日本脳炎と誤診されていたが、マレーシア当局と米国疾病対策・予防センター(CDC)、オーストラリア家畜衛生研究所の協力により、パラミクソウイルス科に属する新型ウイルスによるものであることが判明した。この新型ウイルスは1994年に発生した馬および人の重篤な呼吸器病の原因であるヘンドラウイルスに近縁であることが明らかとなり、ウイルスが分離された患者が住んでいた村(スンガイ・ニパ村)の名をとってニパウイルスと命名された。これまでの調査で、ニパウイルスは本来フルーツコウモリがレゼルボアであることが確認されている。人がその生息地に分け入って養豚場を作ったため、コウモリの体内で眠っていたウイルスが豚、そして人へと飛び火し、世界中を震撼させる感染症として出現したと考えらる。ニパウイルスは人や豚だけでなく、馬、犬、猫などにも感染する。感染源となるのは豚であり、おもに尿、鼻汁などを介した接触によって豚から豚、豚から人を含むその他の動物へ感染することが確認されている。患者には豚と濃厚に接触する養豚関係者が多いという事実がこれを裏付けている。今のところ人から人へ、犬から犬へといった伝播様式は認められていない。豚の場合、一般に死亡率は、(高くても)5%程度であるが、その感染率は高いことが知られている。ニパウイルス感染症は、激しい咳、開口呼吸などの呼吸器症状、痙攣などの神経症状を伴う急性熱性疾患ですが、多くの場合感染豚は不顕性感染を示す。年齢によって症状が若干異なり、成豚では神経症状が、食用豚では呼吸器症状が強く現れる傾向にある。繁殖雌豚、種豚では時に無症状のまま、あるいは鼻孔からの出血を伴って死に至ることがある。妊娠豚が感染した場合には、流産がみられることがある。人では、神経症状が主体で呼吸器症状は少ないこと、実際には不顕性感染が多いことが確認されている。これまでにニパウイルス感染症に対する診断法はほぼ確立されたが、有効な治療法・予防法はない。

防疫体制としては、日本ではあまり考えられないが、フルーツコウモリと豚の接触を避ける必要がある。人へ感染することが確認されていることから今後とも十分な監視が必要である。

1. 廃墟となった養豚場(マレーシア イポー)

2. 抗体陽性の馬が確認されたポロクラブ(マレーシア イポー)(発症豚が見つかった養豚場に隣接する)