オウム病
福士 秀人
岐阜大学応用生物科学部
はじめに
オウム病はオウム病クラミジア
Chlamydophila (Chlamydia) psittaci
を病原体とし,オウムインコ類など愛玩用の鳥からヒトに感染し,肺炎などの気道感染症を引き起こす疾患です。感染症法では全数届け出の第4類疾患とされています.歴史的には19世紀の末に,オウムを主とする外来のトリとこれらのトリに接触した人における肺炎の関連性が疑われました。1895年に,ラテン語でオウムを意味する言葉に因み,この感染症に「オウム病 psittacois」という呼称が与えられました。1929から1930年に熱帯から輸入されたオウムインコ類(ボウシインコと思われる)によるオウム病の流行がヨーロッパにおいて発生し,被害は12ヵ国約800人におよびました。日本では1930年にキューバから横浜へ帰港した船員が,我が国では最初のオウム病とされています。国内での初発例は1957年です。このように非常に古くから知られた疾患です。
病原体
オウム病の原因菌はクラミジアとよばれる偏性細胞内寄生性細菌です。細菌の一種なのですが,細菌培養用の培地では増殖できず,ウイルスと同じように生きた細胞の中でのみ増殖します。他の細菌には見られない形態学的変化を伴う増殖環を有しています(図1)。感染性粒子は基本小体(elementary body, EB)と呼ばれる直径約300 nmの小型球型粒子です。基本小体は食作用により宿主細胞内に取り込まれ,食胞内において網様体(reticulate body, RB)と呼ばれる直径約500から1500 nmの大型粒子に変化し,2分裂増殖を開始します。網様体は数回の2分裂増殖を繰り返した後,中間体(intermediate body, IB)と呼ばれる形態を経て再び基本小体となり,宿主細胞の溶解と共に細胞外へ放出されます。基本小体は代謝活性がなく,抗生物質のほとんどは効力を発揮しません。一方,網様体は活発な代謝活性を示し,抗生物質により分裂が阻害されたり,殺菌されます。このように,増殖環の特定の時期にのみ抗生物質が有効です。
図1
ラミジアの増殖環.クラミジアは基本小体とよばれる小型の粒子が感染性を持っている. Rクラミジアの増殖環.クラミジアは基本小体とよばれる小型の粒子が感染性を持っている.
細胞内では網様体とよばれる大型の細胞形態になり,2分裂増殖する.
病原巣
C. psittaciの宿主域は広く,鳥類ではオウム目を含む18目145種から報告されています。野生のオウム・インコ類におけるクラミジアの保有率は約5%といわれています。クラミジア感染鳥のほとんどは不顕性感染で,間欠的に排菌します。感染鳥が排泄する糞便にはクラミジアの感染性粒子である基本小体が多数含まれます。基本小体は乾燥に強く,環境中で感染性を保っています。
病態
鳥類のクラミジア感染症はほとんどが不顕性感染ですが,ひな鳥の初感染では一部の感染ひな鳥は発症し死亡し,他は保菌鳥となります。保菌鳥は輸送,密飼いなどのストレス,栄養不良などの要因が引き金となり発症します。発症鳥の症状は鳥種,日齢により異なり,軽症から重症まで様々であり,時として死亡します。通常,元気消失,食欲減退,鼻腔からの漿液性ないし化膿性鼻漏があります(図2)。緑灰色下痢便,粘液便が見られることもあります。急性例では症状に気付かないまま死亡することもあります。発症した場合,鳥類では早期に治療されれば回復しますが,時期を逸すると多くの場合,死亡します。
ヒトの発症は急性型と徐々に発症するものがあり,臨床症状も軽度のインフルエンザ様症状から,多臓器障害を伴う劇症型まで多彩です。7から14日の潜伏期の後に悪寒を伴う高熱で突然発症し,1〜2週間持続します。頭痛,羞明,上部ないし下部呼吸器疾患および筋肉痛などのインフルエンザ様症状を主徴とします。悪心,嘔吐を伴う場合もあります。未治療の場合,発熱は2ヶ月以上にわたって継続することもあるが,通常2週目より徐々に解熱します。
図2
オウム病罹患ワカケホンセイインコ.沈欝,食欲不振,毛づやの消失などが見られる.
疫学
鳥類間におけるクラミジアの伝搬様式は接触,吸入,経口による水平伝搬です。感染源は病鳥および保菌鳥の排泄物,分泌物,羽毛などの飛沫,汚染された給餌器や飼料・水,病原体を含む排泄物が乾燥した塵などで,これらのエアロゾルの吸入や,鳥同士のつつきあいなどによる傷口から感染すると考えられています。
東南アジア,オセアニア,南アフリカなどの森林に生息する野生のオウム・インコ類におけるクラミジアの保有率は4%から5%であるとされており,これらの鳥が捕獲され,集められ,高密度の集団として短時日に輸送されると,この輸送中に水平感染が起き,また,ストレスの影響や他の微生物による混合感染により,輸入後まもなく顕性発症したり,不顕性感染キャリアーが増加すると考えられています。
感染鳥からの伝播は気道感染です。感染鳥は排泄物に多量の病原体を排出します。排泄物が乾燥すると塵埃となり,この病原体を大量に含む塵埃の吸入により感染すると考えられています。
発生状況
日本における感染源の主体である鳥類についてみると,以前の我々の検索では,輸入直後に死亡または病気になった鳥類のうち66%(420/638)からC. psittaciが分離されました。また,国内産の愛玩鳥からの分離率は18%(19/87)でした。他の研究者らによる成績も含めると我が国の鳥類におけるクラミジア保有率は約20%であると考えられています。
我が国における発生状況はこれまで届け出義務がなかったため,統計がなく明らかではありませんでした。1981年から1994年までに52例の発生報告がある。平均すると年間4例ほどです。最近の血清疫学的調査では,一般人の抗体保有率は約1%です。感染症法施行以降の年間報告数について見ると1999年(ただし施行との関係で4月から12月分)は23例,2000年は18例でした。2001年は30例でした。2002年は原稿執筆時点(6月)で36例の届け出があったとされています。動物園や鳥の展示施設を感染源とする症例としては1996年に姫路のサファリパークを訪問された方の1例と2001年の末に松江市の鳥の展示施設で発生した集団発生例があります。残念ながら,これらの事例では人からの病原体分離がなされておらず,実際の感染経路は不明なままです。
実際にはマイコプラズマ肺炎や肺炎クラミジア肺炎(Chlamydophila pneumoniaeによる)と同様に,かなりの症例が確定診断されずに異型肺炎として治療されていると考えられています。これまで人の不顕性感染はないと考えられていましたが,最近の調査により,人においても鳥と同様に不顕性感染がある可能性が考えられています。
診断
生前診断は臨床症状および排泄物からの病原体検出により行います。斃死した場合は臨床症状および剖検所見からオウム病を疑います。いずれも確定診断は病原体の分離ないし検出です。オウム病が疑われた鳥はみだりに剖検するべきではありません。剖検時に脾腫が見られた場合はオウム病を疑います。オウム病が疑われた場合は,安全キャビネット内で以降の作業を行うか,剖検を中止し検査機関に連絡をとり,検査を依頼します。
分離材料の採取は化学療法開始前に行います。患者の喀痰,咽頭拭い液,血液,死亡例では肺などの臓器を用います。しかし,分離は一般検査室では困難であり,特定の研究室ないし検査機間に依頼する必要があります。
国内で対応可能な機関としては岐阜大学および感染症研究所があります。
予防
鳥類用および人用のワクチンはありません。飼育環境の衛生および不顕性感染鳥の摘発および治療により拡大・伝播を防ぐしか手だてはいまのところありません。
鳥類がオウム病の病原体を保有している場合があることを認識し,接触に気をつける,飼育鳥の健康管理を適切に行うなど,飼育者への啓蒙が重要です。特に鳥との濃厚接触を避け,飼育鳥の元気がなくなったり,排菌が疑われる場合は,できるだけ早期に獣医師による治療を受けさせる必要があります。
治療
鳥類の治療にはドキシサイクリン,クロルテトラサイクリンおよびエンロフロキサシンが用いられます。ペニシリン系およびセフェム抗生物質は増殖を抑えるが,静菌作用しかなく,投与を中止すると再びクラミジアの増殖が始まるので,使ってはいけません。アミノグリコシド系抗生物質には感受性がない。現在までに耐性菌は見い出されていない。鳥種により投薬方法が異なるので注意が必要です。罹患鳥には45日間の連続投与が推奨されていますが,鳥によっては副作用がみられるため,投与期間中は鳥の健康状態を常にモニタリングし,場合によっては強肝剤やプロビオティックを投与する必要があります。
血清診断の結果が出ていなくても,明らかに鳥との接触歴がある場合には,オウム病を第一に考え,できるだけ早く治療を開始します。第一選択薬はミノマイシンをはじめとするテトラサイクリン系薬です。ついでエリスロマイシンなどのマクロライド,さらにニューキノロン系薬が選択されます。
鳥類はクラミジアを保有している状態が自然であるということを理解し,鳥との接触や飼育方法に注意を払うことが重要です。また,クラミジアを保有し,排菌しているとしても必ずしも感染源とはならないことから,無闇に危険視するべきではありません。神社仏閣に生息するハト類のクラミジア保有率は非常に高いと考えられていますが、これらのハトを感染源とするオウム病の報告は見当たりません。オウム病に罹患し,発症するまでには宿主側の要因も大きいのではないかと考えられます。人の場合も不顕性感染があるのではないかと考えられます。
オウム病はミノマイシンをはじめとするテトラサイクリン系薬剤に高感受性であり的確な診断・治療により対応できる感染症であるが,診断を誤ると致死に至る場合もあり,鳥類との接触歴を始め,感染状況の把握が重要です。発生した場合には,医師および獣医師の協力が大切であると考えられます。
福士 秀人
(岐阜大学応用生物科学部 教授)
hfukushi@cc.gifu-u.ac.jp