齧歯類は数多くのウイルスの自然宿主となっており、そのうちのあるものはヒトで致死的感染を起こします。その代表的なものとして、マストミス(多乳房ネズミ)を自然宿主とするアレナウイルス科のラッサウイルス、シカネズミなどを自然宿主とするブニヤウイルス科のシンノンブレウイルスがあります。ラッサウイルスによるラッサ熱は西アフリカの風土病として毎年数多くの感染者を出しています。一方、シンノンブレウイルスによるハンタウイルス肺症候群はアメリカ大陸での風土病として、米国ではこれまでに250名を越す患者が出ています。
ところで、1999年6月から2000年5月にかけて、米国カリフォルニア州で死亡した出血熱の患者が、新しいアレナウイルスの感染によるものであったことが最近明らかになりました。エマージングウイルスがひとつ加わったわけです。その経緯はProMEDでとりあげられてきましたが、まとまった成績がCDCの罹患率・死亡率週報(Morbidity and Mortality Weekly Report) Vol. 49, No.31 (Aug. 11, 2000)とサイエンスVol. 289, 842 (Aug. 11, 2000)に発表されました。それをもとに、この新しいアレナウイルス感染をご紹介します。
ホワイトウオーター・アロヨ(Whitewater Arroyo :WWA)ウイルスによる致死的出血熱 患者は14才、30才、52才の3名ですべて女性です。2名は南カリフォルニアに住み、1名はサンフランシスコ湾地域に住んでいました。3名の間に共通点はなく、また発病前4週間、カリフォルニア州の外に旅行に出たことはありません。 症状は発熱、頭痛、筋肉痛を伴った、内臓出血、肝臓障害という出血熱に特徴的なもので、3名とも発病後1?8週間で死亡しました(1999年6月に52才の患者、2000年4月に14才の患者、2000年6月に30才の患者)。3名すべてにアレナウイルスに特異的なRNAが検出され、さらに14才の患者からはウイルスも分離されました。ウイルスの配列はWWAウイルスと87%の相同性があり、おそらくこのウイルス感染による出血熱と診断されたのです。
WWAウイルスは1995年米国ニューメキシコ州でノドジロウッドラット (White-throated wood rat, Neotoma albigula)から分離されたもので、これまでヒトで病気を起こした例はありませんでした。
アレナウイルス科のウイルスはいずれもネズミに共生するもので、感染したネズミは無症状のまま尿、唾液などにウイルスを放出しています。ウイルスに汚染したほこりなどを吸入することでヒトは感染します。おそらく、今回のカリフォルニアの例も同様と推測されています。
WWAウイルスの宿主であるノドジロウッドラットは米国西部のすくなくとも6つの州に生息しています。CDCはハンタウイルス肺症候群の場合と同様に、食べ物はネズミが入り込まない容器にいれること、ネズミに汚染した場所を清掃すること、長い間使用しなかった建物や部屋は新鮮な空気を入れてから使用することといった、安全対策を勧告しています。
ラッサ熱の場合には抗生物質リバビリンが有効ですので、WWAウイルスでも効果があるかどうか検討中とのことです。
新大陸アレナウイルスと旧大陸アレナウイルス アレナウイルスはウイルス粒子中に砂粒のような構造が見えることから、ラテン語で砂を意味するアレナの名前がつけられたものです。自然宿主のネズミ、それぞれの種類に固有のアレナウイルスがあり、新大陸アレナウイルス(タカリベ複合群)と旧大陸アレナウイルス(LCM・ラッサ複合群)に大別されています。
新大陸アレナウイルスにはすくなくとも14種類があります。Junin(フニン)ウイルス(アルゼンチン出血熱の原因)、Machupo(マチュポ)ウイルス(ボリビア出血熱の原因)、Guanarito(グアナリト)ウイルス(ベネズエラ出血熱の原因)がもっとも代表的なもので、すべてレベル4ウイルスです。また、実験室感染で問題になったことのあるSabia(サビア)ウイルス(ブラジルで分離)、Tamiami(タミアミ)ウイルス(米国フロリダで分離)、Tacaribe(タカリベ)ウイルス(トリニダドで分離)が有名です。このほかAmapari、Flexal、Latina、Oliveros、Paran、Pichinde、PriritalとWWAを合わせて14になります。
一方、旧大陸アレナウイルスとしては、ラッサウイルス、リンパ球性脈絡髄膜炎(LCM)ウイルス、Ippy(イッピイ)ウイルス(中央アフリカで分離)、Mopeia(モペイア)ウイルス(モザンビークで分離)、Mobala(モバラ)ウイルス(中央アフリカで分離)の5つがあります。
日本にはLCMウイルスが存在します。これについては本講座第59回で取り上げています。