1.診断キット開発にかかわっている機関
前回(第110回)の講座では4社が開発したプリオン病の診断キットについて、ヨーロッパ委員会の評価結果をご紹介しました。これ以外にも多くの企業が開発を行っています。以下はそれをアルファベット順にリストアップしたものです。多くはウシ海綿状脳症(BSE)を対象としたものですが、スクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病を対象としたものも含まれています。
企業
Abbeymoy Ltd
Altegen Inc
Anonyx Inc
Bayer
Biolabs(現在はBenesis Bioventures),
Bio-Rad Inc
Boehringer-Ingelheim AG
Caprion Pharmaceuticals Inc
Celcus Inc
Centre Suisse d'Electronique et de Microtechnique SA
Niel Constantine
Enfer Scientific Ltd
Microsens Biophage Ltd
Nen Life Science Products Inc
Paradigm Genetics Inc
Prion Developmental Laboratories Inc
Prionics
Proteome Sciences Ltd
Q-One Biotech Ltd
大学・研究所
Commissariat a l'Energie Atomique(フランス原子力委員会)
New York State Basic Research Institute for Neurological Disorders
USDA(米国農務省)
このほかにも多数あるようです。日本でもスクレイピーについては帯広大学、家畜衛生試験場などで検討されています。
2.試験の内容
1)死後の試験
これまで、牛についてのBSEの検査は死後の脳の病変の検出という病理組織検査に依存していました。しかし、前回の講座で述べたように、死亡した牛の脳についてヨーロッパではプリオニクス、エンファー、フランス原子力委員会の生化学検査キットによる異常プリオン蛋白検出が広く用いられるようになってきました。病理組織検査では対応できるサンプル数が限られますが、生化学検査キットならば何十万というサンプルでも検査可能なため、BSE汚染の疑いのある欧州連合では、広範囲の監視に利用されるようになると思います。
しかし、これまでのところ、どのキットが妥当か、欧州連合としての評価は行っていません。前回ご紹介したヨーロッパ委員会の報告書でも、そこに述べられている見解は欧州連合の公式のものではないと断り書きがあります。
BSEの検査キットは将来、莫大な利益が見込めるため、国際的な評価はなかなか難しいのかもしれません。
BSEの検出には異常プリオン蛋白の検出のほかに、マウスの脳内接種があります。この方が検出感度は高いのですが、マウスが発病するまでの潜伏期が少なくとも1年間ですので、実用性はありません。最近のネイチャー誌に、フランス原子力委員会グループは自分たちのキットはマウスのバイオアッセイに相当する高い検出感度であると宣伝していました。
2)生前試験
Proteome Sciences, Beohringer-Ingleheim, Prion Developmental Laboratories, Paradigm Genetics, Nen Life Sciences, Abbeymoyなどで、いくつかの試験法が試みられていますが、バックグランドのノイズが大きな問題のようです。
スクレイピーではリンパ組織に異常プリオン蛋白が潜伏期中に検出されます。そこで、米国ワシントン州立大学と農務省USDAでは羊の瞼の下(瞬膜)にある小さなリンパ節について、オランダのレリシュタットLelystadtにある動物科学健康研究所DLO Institute for Animal Science and Healthでは扁桃について、潜伏期中の動物からの異常プリオン蛋白の検出システムを開発しています。また、USDAの研究所ではMary Jo Schmerrらが血液中の白血球からの検出を試みています。
BSEの場合、実験感染牛では症状が出る6ヶ月前には脳に異常プリオン蛋白が見つかっています。しかし、リンパ組織に異常プリオン蛋白が検出されません。回腸に存在するリンパ組織であるパイエル板には見つかる可能性がありますが、生前検査の材料にはなりえません。そのため、スクレイピーのようなリンパ節での生前診断は不可能です。なお、不思議なことに羊にBSEを接種すると脾臓のようなリンパ組織にも異常プリオン蛋白が多量に検出されます。