公益社団法人日本獣医学会 The Japanese Society of Veterinary Science

人獣共通感染症 連続講座 第120回(08/18/2001)


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動物のプリオン病の最前線

 これは生物系特定産業技術研究推進機構(生研機構)主催のシンポジウムのタイトルです。その内容の簡単な紹介を動物用生物学的製剤協会(動生協会)会報Vol. 34, No.3に掲載しました。同会報編集委員会の了承を得て、ここに転載します。

表記のフォーラムが生研機構主催により、3月23日TEPIAホールで開かれた。定員250名のホールは満席で、入れなかった70名が別室でテレビモニターによる聴講という盛会となった。これは、ウシ海綿状脳症(BSE)とそれから感染したと考えられる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(v-CJD)への関心の高さを示したものである。

BSEの発生は食品、医薬品、化粧品の安全性など、公衆衛生面で大きな問題を引き起こしている。その病原体とされるプリオンは、ウイルスや細菌のように外から侵入する異物ではなく、自己の正常プリオン蛋白(cellular prion protein: PrPC)の立体構造が変わって異常プリオン蛋白(scrapie-type prion protein: PrPSc)になったものとみなされている。

プリオン病については科学的に多くの不明な点があり、これが一般の人々に不安を与えている大きな原因になっていると考えられる。そのような観点から、本フォーラムはプリオン病についての正しい認識を得るために科学的に解明された点といまだ不明な問題点を明示することを目的として開かれた。

座長として筆者がまず、BSEとv-CJDの現状について概説を行った。その要約は以下のとおりである。

1986年に発生が確認されたBSEは肉骨粉を家畜の飼料とするリサイクルにより広がったものと考えられている。1988年に反芻動物への肉骨粉の使用禁止措置が実施されたが、その対策は不完全なものであり、実際に餌の安全性が確保されたのは1996年にv-CJDが見いだされた時からである。

BSEはスクレイピーが肉骨粉に混入した結果というスクレイピー起源説がこれまで受け入れられてきたが、2000年の英国政府調査委員会はウシで発生した新しい病原体という説を主張した。いずれも仮説であり、真の起源は不明である。

1996年の時点ではv-CJDは疫学的状況証拠からBSE感染が疑われた。その後、BSEとv-CJDは、近交系マウスでの株のタイピング、PrPScの糖鎖パターン、ヒトPrP遺伝子やウシPrP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスでの病態の面できわめてよく似ていることが示され、同じ病原体によるという科学的証拠が蓄積してきた。

v-CJDの患者では潜伏期中の虫垂や扁桃でプリオンが検出されたことから、血液の安全性が大きな問題になってきた。

プリオン病対策での重要な課題である、診断法はBSE牛については脳組織からのPrPSc検出のための生化学検査キットがいくつか開発され、欧州連合諸国では、屠畜場での検査に利用され始めた。しかし、生前診断法はまだできていない。

フォーラムの前半は2名の日本人研究者の研究内容の紹介、後半はフランスと英国の専門家によるヨーロッパでのBSEの現状紹介である。以下、その内容を簡単に整理してみる。

最初の演者、家畜衛生試験場の横山隆博士はPrP特異的モノクローナル抗体の作製とそれを応用した成績を紹介された。本来、自己の蛋白であるPrPに対する抗体は免疫寛容のために産生されない。そのために、PrPを産生していないPrP遺伝子ノックアウトマウスをPrPで免疫することが必要であり、この方法でこれまでに多くの抗PrPモノクローナル抗体が作られてきている。しかし、PrPCとPrPScは同じアミノ酸配列を有しており立体構造のみが異なる。これまでに作られてきたモノクローナル抗体はほとんどが両者を区別することはできていない。ひとつだけPrPSc特異的とされるものがあるが、その後の報告はない。

横山博士はPrPC特異的モノクローナル抗体の作出に成功された。これを用いてスクレイピー感染マウスの脳を調べた結果、発症時期にPrPCが減少し、これがPrPScの蓄積部位に一致することを見いだされた。一方、in vitro培養のPrPノックアウトマウス由来の神経細胞株ではPrPCが神経細胞の維持に関わることが示されており、今回のin vivoの成績はin vitroでの成績と相まってPrPCの機能喪失がプリオン病の発病にかかわる可能性を示唆するものとして注目される。

次の演者、帯広畜産大学の堀内基広博士はプリオン試験系の課題と展望という幅広い問題を取り上げられた。現在のプリオン病の診断はPrPScの生化学的検出が基礎となっている。PrPCとPrPScの違いは、PrPSc が蛋白分解酵素に対する部分的抵抗性を示すことである。これを利用して、まずPrPCを分解したのち、残ったPrPScを抗PrP抗体を用いて、ELISAやイムノブロット法といった免疫生化学的手段で検出するのである。一方、マウスの脳内への接種による感染性検出というバイオアッセイがあり、これは免疫生化学的検査よりもはるかに高い感度を示す。しかし、これは1年以上という長い期間を要することから実用的ではない。

現在の免疫生化学的手段によるプリオン病診断は、簡便かつ急速診断という面ではかなり解決されてきている。しかし、ELISAに化学発光法などの高感度検出法を併用してもマウスバイオアッセイでの1000 LD50程度が検出限界である。この感度の増強がもっとも緊急の課題である。また、対象となる検体は動物組織から医薬品原料にいたるまで多岐にわたることから、それぞれに適した試料調整方式も必要である。

ついで、米国のCaughey博士の研究室に留学中に行われたPrPのin vitroシステムでの構造変換についての成績が紹介された。ハムスターとマウスの間で種特異的なPrP構造変換にかかわるのは、ごく少数のアミノ酸配列にすぎないこと、さらに構造変換はまず、PrPScとPrPCの結合、ついで蛋白分解酵素抵抗性の形態をとる連続重合反応であることを明らかにされた。この結合ドメインは選択性が高く、これが種特異性を決めているらしいこと、さらにPrPのC末端219-232が結合の際に重要な役割を果たしている可能性を示すデータが紹介された。これらは将来、治療法に結びつく貴重な所見と考えられる。

フランスからお招きしたAnna Bencsik博士は、食品安全局Agence Francaise de Securite Sanitaire des Aliments (AFSSA)のウシ病理学および食肉安全研究室の若い女性である。ハンガリー出身のため名前はベンチックと発音するのが正しいと教えられた。

発表内容はBSE野外材料の検査に関するものが主体であった。野外から送られてくるウシの脳サンプルでは自己融解することが多く、これらを病理組織学的検査に利用するのは難しい。しかし、イムノブロットによるPrPSc検出はできる。さらに、前処理方式を工夫することで、免疫組織化学によるPrPScの検出も可能であって、自己融解サンプルについての高感度の検査法になりうるとのことであった。

フランスでは1990年からBSE調査が開始されており、これまでの各年度における疑似例および確認例の実数が紹介された。2000年に例をとると、確認例が59頭に対して疑似例は306頭と、疑似例が多数見いだされている。2001年3月14日の時点までの総計は擬似例が973頭、BSEが287頭とのことである。

これらはpassive surveillanceの成績であるが、2000年からは生化学検査キットのひとつ、Prionicテストによるactive surveillanceが始められた。フランス西部での予備的試験結果では、15,000頭を検査して32頭が陽性(0.21%)となった。ここで見いだされた陽性例はいずれも臨床症状を示していない。

一方、英国に発生したBSEは単一の株であることが、株のタイピングなどで示されている。フランスでの3例のBSE分離株について、C57BL/6マウスへの脳内接種を試みた結果では、潜伏期が英国の場合よりも幾分長い傾向が見られている。さらに空胞変性の程度を自動化イメージアナライザーによる解析を試みているとのことである。フランスの株は英国のものとは異なる可能性があるのかとの質問が総合討論で出されたが、単にフランス流行株の性状をつかむ目的にすぎないとの回答であった。

英国からお招きしたJames Hope博士は生化学者であって、1984年、BSE発生の直前に家畜衛生研究所神経病理ユニット(エジンバラ)に配属された。これがきっかけでBSE発生の最初からプリオン病の蛋白化学、分子生物学、遺伝学の研究にたずさわることになり、1996年には家畜衛生研究所コンプトン本部に移って、プリオン蛋白の構造と機能の研究を続けておられる。BSE発生直後から、これまで英国政府と欧州連合のBSE諮問グループの一員としても活躍されてこられている。

最近、米国マサチューセッツ州のVI Technologies IncのVice Presidentに併任され、英米両国の研究室で多忙な日を過ごしておられる。なお、VIはvirus inactivationの略で、プリオンのみでなく、各種病原体の不活化法の改良に関するベンチャーとのことであった。

今回の発表では、主催者側の希望によりBSEの現状についての総論が主体となり、講演の前半はそれに費やされた。全貌を要領よくまとめられたが、内容的にはとくに目新しいものはなかった。

講演の後半では、v-CJD患者からの輸血の危険性を調べるモデルとして、最近、家畜衛生研究所で行われたヒツジでの実験成績がくわしく紹介された。その要点は以下のとおりである。

孤発性CJDではこれまで輸血による感染の証拠はない。また、リンパ組織でもPrPScは検出されない。ところが、v-CJDでは扁桃と虫垂でPrPScが検出されており、これらがリンパ組織であることから、白血球を介した輸血による感染の理論的危険性が問題になっている。一方、ウシのBSEではPrPScはリンパ組織に見いだされないのに対して、ヒツジにBSEを感染させると、脾臓にPrPScが検出される。そこで、ヒツジのBSEがv-CJDのモデルに選ばれたわけである。

実験は、BSEおよびスクレイピー・フリーの国であるニュージーランドから輸入した21頭のヒツジにまずBSEウシの脳5グラムを食べさせ、経日的に採血し、その血液を健康なヒツジに輸血したものである。このうち318日目の血液を輸血されたヒツジが610日後に発症し、その脳乳剤のウエスタン・ブロットでの糖鎖パターンはBSEと同じであった。

一方、血液を提供したヒツジは629日後に発症した。すなわち、潜伏期の中間の時期の血液の輸血によりBSEが伝達されたことになる。この研究は中間段階でLancetに発表されたが、研究すべてが終了するのは、さらに5年後といわれる。

ともかく、ヒツジモデルでは輸血によるBSE伝達が起きたことになり、v-CJDにかかわる重要な問題提起となった。