1998年10月から99年4月にかけてマレーシアで養豚にたずさわる人々に発生したニパウイルスについては、本講座で何回かご紹介してきました(73,74,78,80,82,97,102)。これまでに、何種類かのオオコウモリからはニパウイルス抗体が見つかり、また、ヒメオオコウモリの尿からニパウイルスが分離されたことから、ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリ属であって、まずオオコウモリからブタが感染し、ブタの体内で増えたウイルスがヒトに感染を起こしたと考えられています。
CDCの特殊病原部のトム・カイアゼク(Thomas Ksiazek)たちはカンボジアでの調査の結果、現地のオオコウモリにニパウイルスに類似のウイルスが存在する可能性を、Emerging Infectious Diseases, Vol. 8, No. 9(9月号)に発表しています。その内容をまとめてみます。
CDCとカンボジア保健省・国立公衆衛生研究所の共同チームは、プノンペンのレストランで、オオコウモリの血液を採取し、血清を分離してアトランタのCDC本部に送り、そこで検査を行いました。オオコウモリはハンターが捕獲し生きたまま、レストランに食用として持ち込まれたものです。
オオコウモリはマレーシアの場合とは別のライルオオコウモリ(Pteropus lylei)で、その96の血清のうち11(11.5%)が酵素抗体法とウイルス中和試験の両方でニパウイルス抗体陽性という結果でした。
十分な量があったサンプルについてはヘンドラウイルス(旧名、ウマモービリウイルス)に対する中和試験も試みた結果、ニパウイルスに対する中和試験と同じ成績で、両方陽性または両方陰性となりました。ニパウイルスとヘンドラウイルスは中和試験では、ほとんど交差しませんので、彼らはカンボジアにはニパウイルス、ヘンドラウイルスのいずれとも異なる、類似のウイルスが存在していると推測しています。
ニパウイルスの場合には、ブタの体内で増幅されたウイルスがヒトに感染を起こしました。オオコウモリから直接ヒトに感染した証拠は見つかっていません。マレーシアでの大発生の原因には、大規模養豚産業がかかわっています。カンボジアでの養豚は小規模でマレーシアのようなことは起こらないと、彼らは推測しています。しかし、脳炎とのかかわりについての調査が必要と指摘しています。
また、未発表の成績として、インドネシアでも別のオオコウモリにニパウイルス類似のウイルスに対する抗体を見いだしているそうです。