米国での西ナイル熱の今年の発生状況はすさまじいものになっています。なお、私はこれまでウエストナイル熱と書いてきましたが、西ナイル熱の名称の方がマスコミにより定着してしまったので、これからは西ナイル熱の方を用います。本来はウガンダのWest Nile地域の名前に由来するのですが。
ところで、私は昨年3月に出版した著書「キラーウイルス感染症」で、西ナイル熱は米国に定着したと書きましたが、その予想をはるかに上回る広がりです。最近のProMEDやCDCの感染症週報によれば、2002年に確認された感染者は40州で合計3,698名、死亡が198名となっています。発生した最初の年1999年から2001年までの3年間に感染した人の数は全部で149名、死亡が18名だったのが、10倍以上に急増したわけです。
ところで、ヒトでの病気が主に取り上げられていますが、鳥類での被害ははるかに大きなものになっています。CDCの報告では11月20日現在で、死亡したカラスは7,612羽、ほかの鳥では6,060羽となっています。
西ナイルウイルスの野鳥への影響について、New Scientistのサイエンス・ライターのデボラ・マッケンジーDebora MackenzieがNew Scientist の10月26日号に特別レポートを書いています。これを中心にトリで起きている問題をご紹介します。
ヒトでは感染した場合、150人中のひとりが発病し、多くのヒトに免疫ができてきます。ワクチン開発も進行しており、また西ナイルウイルスは黄熱や日本脳炎ウイルスと同じグループであるため、これらのワクチンもある程度の効果があるかもしれません。幸い、これまでのところ、米国で流行を起こしているウイルスは遺伝的に割合安定なので、ワクチンによる防御が期待されます。
ところが、トリではそうはいきません。ちょうど、天然痘ウイルスがコロンブスの新大陸発見とともに、アメリカの先住民の間ですさまじい広がりを示したと同様に、西ナイルウイルスは米国の野鳥をおそっています。
コーネル大学のアンドレ・ドントAndre Dhondtが近く発表する調査結果では、もっとも感受性が高いと考えられるカラスでは90%が死亡したと推定しているそうです。カラスに近縁のアオカケスblue jayも同様と考えられています。また、多くの州で猛禽類が例年の10倍以上死亡したと報告されています。これらはDDTで絶滅の危機にさらされ、やっと数が増え始めてきたところでした。そのひとつ、アメリカハゲワシは数が減少し、地域によっては居なくなりました。皮肉なことに、人間を守るための手段も野鳥に被害を及ぼしているようです。蚊の駆除のための殺虫剤のマラソン系乳剤を散布したことで、これが、これらのトリの餌に入って毒性を発揮しているということです。
これまでに100種以上の野鳥が西ナイルウイルスに感染したことが確認されていますが、その中で唯一、スズメだけは発病せずにウイルスを保有しています。スズメは旧大陸からニューヨークに1851年に移動してきたもので、それまでに西ナイルウイルスへの抵抗力が備わったのではないかという考えもあります。ある鳥類学者が近く発表する予定の研究では、ウイルスを広めている可能性がもっとも高いのはスズメとされているそうです。スズメは血液にウイルスを持ったまま発病することなく数十キロメートルは飛び回り、その血を吸った蚊がほかの感受性の野鳥、そして人間にウイルスを移しているのだろうというわけです。
西ナイルウイルスの存在しないハワイでも、もしもウイルスが侵入すると貴重な野生生物が失われるとの危機感を抱いています。