米国で広がったウエストナイル熱はメキシコに到達し、7月中旬、メキシコ政府はウエストナイルウイルスによるウマとヒトへの感染の危険性が高まったとして、緊急事態宣言を発表しました。メキシコでとくに重要視されているのはウマの感染です。この問題について、Emerging Infectious Diseases7月号 (Vol. 9, No.7, 2003) にコロラド州立大学のバリー・ビーティ (Barry Beaty) グループによる2つの論文とニューヨーク州保健局グループの論文、また、英国の科学雑誌ニューサイエンティスト7月26日号にアニル・アナサスワミイ(Anil Anathaswamy)による解説記事が掲載されています。それらを参考にご紹介しようと思います。
ニューヨーク州保健局はスミソニアン環境研究センターと共同で、2002年の春にジャマイカ、プエルトリコ、メキシコで、1,600羽以上の生息種と渡り鳥の両方について調査した結果、ジャマイカの生息種11羽にウエストナイルウイルス抗体を見いだし、このウイルスはジャマイカに定着したと報告しています。
コロラド州立大学のグループは2002年3月にメキシコ南部のユカタン州にウマとニワトリについての監視体制を作り、ラテンアメリカへのウエストナイルウイルスの侵入を調べはじめています。その結果、2002年7月から10月にかけて、採取したユカタン州の252頭のウマの血清のうち、3頭で抗体が検出されました。また、北部のコアウイラ州では24頭のうち15頭に抗体が検出されました。ウイルスがどのようにしてユカタン州に到達したのか分かりませんが、北からの渡り鳥が運んできた可能性が疑われています。実際にユカタン州で捕獲した渡り鳥で抗体も見いだされています。ユカタン州は米国の北東部と中西部からの主な渡り鳥の飛来地であり、ここからラテンアメリカ全体にウエストナイルウイルスが広がる可能性があります。
メキシコの多くの地域では数ヶ月にわたって干ばつが続き、そのために池や河の浅瀬が縮まり栄養分が豊富になっています。これは蚊が繁殖するのに理想的な場所です。また蚊を捕食する蛙などは暑さで死んでいっています。さらに、鳥は少なくなった水場に集まり、そこで蚊にさされます。こうして、鳥と蚊の間でウエストナイルウイルスの非常に効率的な伝播サイクルが形成されることになります。1999年と2002年に米国では激しい干ばつが起こり、これがウエストナイルウイルスの猛烈な増幅を引き起こしたという見解もあります。
メキシコ政府によれば、今年の7月中旬には、メキシコの7つの州(チワワ、タマウリパス、コアウイラ、ベラクルス、タバスコ、キンタナロー、ユカタン)にウエストナイルウイルスが広がっているとのことです。
メキシコでウエストナイルウイルスによる被害が心配されているのはウマです。ウマはこのウイルスにとくに感受性が高く、米国では2002年には14,000頭が発病しています。ウマは現在でもメキシコの貧困階級にとって荷物運搬など、彼らの生活を支える重要な動物です。そこで、ウマが発病すれば大きな影響を受けるものと心配されているわけです。
ウマに対しては米国のフォート・ドッジ社(Fort Dodge Animal Health)が不活化ワクチンを開発しています。米国では2002年に700万頭のウマが接種を受けたと言われています。しかし、このワクチンは3ないし6週間間隔で2回接種を行わなければなりません。そして、蚊の常在地域では6ヶ月毎に追加免疫接種を行わなければなりません。貧困階級の人たちには容易なことではありません。
一方、生態学者はラテンアメリカのさまざまな動物や鳥にウエストナイルウイルスが感染し、生態系に大きな影響が与えられることを心配しています。
ウエストナイルウイルスは、人間だけでなく、動物界全体に大きな影響を及ぼすおそれがあるわけです。