人獣共通感染症 連続講座(第4回)6/1/95


エマージング・ウイルス

前回(5月24日、エボラウイルスの新しい株の分離とその性状の部分的解析)に番号(第3回)を付けるのを忘れていました。

今回のは第3回(ランセットの報告)をもととした解説がサイエンス(5月19日)の全訳です。



エマージングウイルス:チンパンジーでの発生でエボラの起源探しがヒートアップ

ザイールとは別に象牙海岸(コートジボアール)のタイ森林で昨年11月にエボラが発生した。最初の犠牲は人ではなくチンパンジーであった。パスツール研究所のベルナール ルグエノBernard Le Guennoらのランセットでの報告によれば犯人は完全に新しいエボラウイルス株とのことで、このウイルスの遺伝的変化の一面がうかがえる。さらに重要な点は、この発生が雨期の直後であったことである。すなわちウイルスが昆虫またはほかの節足動物に潜伏していて中間宿主の哺乳動物を介して犠牲者に感染した疑いが持たれる。自然宿主、中間宿主ともに4200平方キロのタイの森に潜んでいるに違いないので、ルグエノ達はウイルスの謎の起源への絶好のてがかりが得られたと信じている。
もしもそうだとすると、クリストフ ベッシュChristophe Boeschが1979年以来タイ国立公園で観察を続けている野生チンパンジーは悲しいことかもしれないが、ウイルス学に大きな貢献をすることになるだろう。最初この動物達が死に始めた時には研究者達はエボラがかかわっていることは全く考えていなかった。「我々が知っていたことは、チンパンジーがなにかの病気にかかって、多くが死んでいったことだけであった」とバーゼルのスイス動物学研究所の霊長類学者ベッシュ達はランセットに書いている。彼らは最初、チンパンジーは人からの病気、おそらく肺炎か炭疽にかかったと考えた。
しかし、野外観察の3人が1才6か月のピメント(フランス語でとうがらし)を解剖した時、内臓に凝固していない血液がたまっていたのをみつけたことから、もっと不吉なことを疑い始めた。「これは或る種の出血熱、エボラか、そのたぐいのもの」とピエール フォルメンテイPierre Formenty(象牙海岸獣医学研究所の出血熱担当の疫学者)は言っている。
チンパンジー観察者のひとりが解剖後わずか8日後に発病したことで、この疑いはさらに深まった。発熱、急性の下痢、真っ赤な発疹で、彼女はアビジャンの病院に入院し、その後、スイスの病院に移された。そこで、回復したのだが、それは肺炎からではなく、エボラウイルスからであった。すなわち、フォルメンテイの研究室から送られてきた病人の血液を調べたルグエノ(フィロウイルス専門家)がVero細胞でウイルスを分離したのである。チンパンジー研究者からのウイルスを既知のエボラウイルスと免疫学的に比較した結果、コートジボアールのウイルスは新しい株であった。1976年にスーダンとザイールの村で最初の流行が発見されて以来、4つ目の株である。
新株のRNA配列をこれまでのウイルスと比較した結果、かなりの違いがみられたと、アントニー サンシェスAnthony Sanchez(CDC特殊病原室)は述べている。彼によれば、これは別に驚くことはなく、エボラウイルスはほかのRNAウイルスと同様に増殖過程でエラーが起こりやすく、変異の頻度が高まり、新しいウイルスが出現してくることになる。そして、高い変異の頻度はもっと伝染力の高い形のウイルスに変わる機会を増加させている。
しかしコートジボアールでの発生はウイルスの人への感染は起こりにくいことを示している点で重要である。解剖にかかわった3人のうちのひとりだけが発病したのである。どうして感染したのかは明らかでないが、ルグエノは彼女がゴム手袋ははめていたものの、なんらかの形でピメントの血液か組織に直接触れたものと推測している。かっての流行では病院での汚染した注射器が病気のひろがりの原因と専門家はみなしており、今回のザイールでの流行でも最初の発生は病院職員であった事実とも良く合致する。
野生の霊長類と人のエボラ感染例の間のつながりが明らかになったことは、このウイルスが野生動物から種の壁をのりこえた時に流行が起こるという以前からの疑いが正しいことを示している。そして、エボラの究極のリザバーがどこにいるかという点へのヒントも与えてくれている。ウイルスはチンパンジーに致死的であることから、チンパンジーがリザバーでないことは明らかである。3週間でベッシュの40頭のチンパンジーのうち、12頭が失われた。流行が終わったあとで、ほかの3頭から採った血液はすべて陰性であったことから、感染したチンパンジーはすべて死亡したと推測されている。「宿主は別のもの、タイの森の中に居るに違いない」とルグエノは言っている。
ルグエノ達は流行が雨期の終わりに起きた点に注目している。これは単なる偶然とはいえない。わずか2年前にも同じ群れが雨期の終わりに同じような病気にかかり、8頭が2週間以内に死亡した。死亡したサルから血液や組織サンプルが採られていないのでエボラが原因と断定はできないが、病気は今回のものに非常に良く似ているとのこと。そしてルグエノは水たまりの中でふえる昆虫または節足動物がかかわっていると疑っている。CDC特殊病原室の疾病評価セクションの主任トム シアゼクTom Ksiazekも季節的にふえる動物が自然宿主と推測している。フォルメンテイ達はタイの森で多くの種類の吸血昆虫をつかまえてウイルス探しを行うことを計画している。
これ以外に彼らは中間宿主としての哺乳動物も調べることを計画している。これはエボラがほかのアルボウイルスと同じ手口で存在しているという推定にもとずいたものである。普通、このようなウイルスは中間宿主としての哺乳動物に感染し、大量に増殖するが、病気は起こさない。この中間宿主としてフォルメンテイはリビアからの難民が公園近くのキャンプに流入した1990年以来、急激に増えた未知のげっし類を疑っている。難民は公園の中の森を不法に伐採したり畑に変えたりして森の生態系を乱しているという。
フォルメンテイ達はタイの森の哺乳動物の多くの種類について抗体およびウイルスそのものを調べて中間宿主を探すことにしている。周辺の村の人からもほかの手掛かりが得られるかもしれない。以前のザイールでの調査では密猟者やサルを殺して食べる村人の間でエボラの散発が見いだされた。タイの森の周辺で同様の例があればウイルスのライフサイクルがうかがえるかもしれない。
チンパンジーの行動観察によりエボラの哺乳動物宿主が分かるかもしれない。ベッシュはチンパンジーがどのような動物と接触していたかを知るために、流行が始まる前数週間の記録を現在調べている。この流行でおとなの雄が8頭から2頭にまで減ってしまったが、これまでベッシュのチンパンジーは利口で協力して狩を行うといったことで霊長類研究者の間では良く知られていた。そこで、流行の前にチンパンジーがほかの哺乳動物を殺して食べた可能性について検討することになっている。
この研究は貴重であるが、ベッシュの研究にとっては悲しいものとなってしまった。エボラで多数が死亡するまでは、このチンパンジーの群れは狩が上手であるだけでなく、やしの実を割るためにハンマーやかなとこに相当する道具を用いることで有名であった。ベッシュは彼らを人に慣れさせるために何年も掛けてきた。その結果、行動観察をすぐそばで行えるようになったのである。悲しいことに我々はグループの数の減少が行動に及ぼす影響を研究することになってしまったとベッシュは言っている。
彼は群れを守るための雄の数が不足してしまったことから、いずれはほかの群れに占められてしまうと推測している。そしてエボラウイルスとその謎の宿主に囲まれた森の中のチンパンジー全体の運命を心配している。
(Virginia Morell)


Kazuya Yamanouchi (山内一也)

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