ートランスジェニックマウスでの実験結果からBSEがヒトに感染する可能性は低いことが推定された
ネイチャー12月21・28日号に牛海綿状脳症(BSE)に関する論文とその解説が載っていました。
(Nature378, p. 759, p. 761, p. 779)
ロンドン大学インペリアル・カレッジのコリンジCollingeらの研究報告です。なお、この論文の解説が英国家畜衛生研究所エジンバラ神経病理ユニットのジム・ホープJames
Hopeにより行われています。ついでですがホープ博士の研究室は九大動物実験施設の毛利教授が留学されていたところです。これらの内容をごく簡単にご紹介します。
コリンジらはヒトのプリオン蛋白遺伝子を導入したトランスジェニックTgマウス3系統を用いて実験を行っています。2系統はヒトのプリオンとマウスのプリオンの両方を発現しており、もう1系統はマウスプリオン遺伝子をノックアウトしたものにヒトプリオン遺伝子を導入したもので、ヒトプリオンだけを発現しています。
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)のプリオンをマウスに接種すると普通は発病までに500日以上かかります。これは種の壁があるためと考えられています。ところが上の3系統のTgマウスでは200ー300日で発病します。話がややこしくなるので、ほかの証拠は省略しますが、これらのマウスではヒトCJDに対する種の壁がなくなったものとみなせます。すなわちCJDに対してヒトに近い感受性を持っているということになります。そこで、これらのマウスに今度はBSEの牛の材料を接種してみたわけです。もしもBSEがヒトに感染する能力があれば、TgマウスではCJD接種の場合と同様に短い潜伏期で発病することが予想されます。しかし、ヒトとマウスのプリオンを発現しているTgマウス2系統では460ないし470日で発病し、マウスプリオンだけが産生されていることが認められました。ヒトプリオンは産生されてはいませんでした。ヒトプリオンのみを発現しているTgマウスでは268日まで観察したところでは、まだ発病していないという結果になりました。この結果はBSEがヒトには感染しにくいことを示唆するものと考えられています。
この論文はニュースの欄でも取り上げられています。食肉業者の団体はこの報告を歓迎しています。一方、研究者の間ではこの研究発表に対する批判も出ています。英国家畜衛生研究所のジョン・ボーンJohn
Bourne所長(私は彼とは旧知ですが、非常に高い見識を持った研究者です)はこの論文は科学的にも政治的にも発表は早すぎると批判しています。一方、コリンジはヒトプリオンだけを発現しているマウスの結果がすべて出るまで待つのは、この研究の重要性から考えて現実的でないという意見です。
なお、前回16才と18才の子供のCJD例に触れましたが、このニュースはネイチャー・メデイシン12月号(p. 1231)に載っています。
Kazuya Yamanouchi (山内一也)
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