米国農務省動物植物検疫局では、英国でBSEの問題が起きてから米国におけるBSEの危険性について多角的な危険性評価を行い量的分析、質的分析結果を1991年にそれぞれまとめ、また総合的なまとめを1993年と1996年に発表しています。これらは以下のとおりです。
Quantitative risk assessment of BSE in the United State
Qualitative analysis of BSE risk factors in the United States
Bovine spongiform encephalopathy:implications for the United States, December
1993
Bovine spongiform encephalopathy:implications for the United States. A follow-up.
February 1996
これらの資料は私の手許にありますが、そのうち、1996年2月に出された報告書Bovine Spongiform Encephalopathy: Implications
for the United States. A Follow-Upが非常によくまとまっています。これは
(1)英国でのBSEの現状、(2)米国でのBSE危険性因子の現状、(3)米国でのBSE調査結果の評価に分れています。とくに(1)はQ & A の形で分かりやすくまとめられていますので、全文をご紹介します。
(1)英国でのBSEの現状。1996年1月
1。BSE流行の現状は?
*1986年に流行が始まってから、世界中で155、000例の実験室確認例がある。
*99%以上が英国(イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランド、シャネル島、マン島)で起きている。
*英国からの輸入牛だけにBSE発生が見られた国は、カナダ、デンマーク、フォークアイランド、ドイツ、イタリー、オマーン。
*英国以外で在来牛にBSEの起きた国は、フランス、アイルランド共和国、ポルトガル、スイス。
2。英国でのBSEの現状は?
*BSEの約98%が英国で起こっている。
*成熟牛を飼っている農家の34%が少なくとも1回は経験している(乳牛飼育農家の54%と肉牛飼育農家の15%)。
*汚染した農家のうち、36%は1回だけの経験、70%は4回またはそれ以下。
3。英国でのほかの動物での海綿状脳症の現状は?
*輸入動物(反芻動物18例、輸入猫6例)と、英国の動物園で生まれて輸出された輸入猫2例。
*国内産猫で70の確認例、犬では見つかっていない。ノルウエイでは国内産猫の1例がある。
*鹿では反芻動物由来の餌が与えられているものの、海綿状脳症の確認例はない。
*羊ではスクレイピーと診断される例が続いて出ている。
4。英国のBSE流行は制圧されつつあるか?
*毎月の確認例は減少しつづけている。流行のピーク時に週1、000例以上あったが、現在では毎週300の新しい例が出ている。
*1988年(餌の禁止措置が取られた時)以後に生まれた動物でのBSE発生もまた、劇的に減少しつづけている。6才令の動物での発生減少は現在明白で、自家繁殖農場の動物で1994年に6.2%であったのが1995年には3.4%。
5。反芻動物由来の蛋白を反芻動物の餌にすることを1988年7月に禁止したことは、英国での流行の程度を減少させたか?
*そのとおり。禁止措置以後に生まれた牛での年令別BSE発生は、禁止措置以前に生まれた牛での年令別BSE発生に比べて実際に減ってきている。
*餌の禁止措置は少なくとも150、000例を防いだと推定されている。
*1995年11月の時点で、餌禁止措置後に生まれた牛で確認されたのは23、148例。
*これらのうち、全部で20、185例は1988年と1989年に生まれた牛で起きた。これは、餌禁止例後に生まれて発病した例の大部分が、禁止措置後も流通網または農場に残っていた汚染餌によるという説明を裏付けるものである。
*1988年7月の餌禁止措置が守られない問題があったため、1990年にこの規則は、反芻動物由来蛋白の使用を、すべての動物および鳥類に使用することも禁止するよう、拡大された。牛が反芻動物由来蛋白に偶然さらされることを防ぐための追加措置が取られた。
6。診断または発症例の管理の仕方は英国での流行が収まるにつれて変わるだろうか?
*BSE例数が減少するにつれて、BSEではない疑似例の割合が増えるだろう。今日まで、約15%のBSE
が疑われている例が実験室検査で未確認になっている。必要ないのに屠殺される疑似例の数を減らすために、臨床診断を改良する研究が進行中である。
*1988年7月の餌禁止措置の後で生まれたBSE疑似例すべてを、獣医官が査察してほかの診断の可能性が除外できるか調べ、そして考えられる感染源を調査しなければならないことになっている。
*生前または死後の診断方法がいろいろと調べられているが、今日まで大きな突破口になるようなものはない。
7。疫学調査の結果、BSE伝達について、なにか新しい情報は得られたか?
*観察結果は相変らず同じところからの餌による流行ということになっている。
*ケースコントロールスタデイでは、母から子への伝達が起きた証拠は見つかっていない。水平感染
(雌牛から雌牛、または自分の子でない子牛への)は統計的にぎりぎりの線で有意の結果になっているが、この成績の報告者達は、この伝達方式が流行を維持できるものではないと結論している。
8。BSE感染牛の組織を用いた伝達実験の最新の成績は?
*実験室条件では、脳組織を羊、山羊、ミンク、マウス、牛に食べさせることで、経口伝達に成功している。
*自然の条件での経口感染量は不明のまま。
*BSE自然発生例の組織をマウスに接種した場合、脳、脊髄、網膜の組織が感染性を示すことが証明されている。ほかの多くの種類の組織では、接種実験で感染性は検出されていない。
*BSE病原体を実験的に接種した子牛(BSE臨床例の脳組織を食べさせられた子牛)では、回腸末端の組織もマウスに感染性を示すことが見いだされている。
*ミルク、乳房、脾臓、胎盤、リンパ節をマウスに食べさせた場合には感染性は検出されていない。
9。ほかにどのようなBSE研究が英国で進行中か?
*BSE臨床例からの胎児をニュージーランドからの雌牛に移植する胚移植実験が、2001年には完了する予定。(注: ニュージーランドにはスクレイピー汚染がありません)。
*ミルクによる大規模な伝達実験が進行中。すでに小規模実験では、ミルクと乳腺がマウスに非感染性であることが示されている。
*種々のレンダリング(注:脂肪分を除去して精製する操作)法について実験的研究を行った結果、これまでのところ、英国とほかのヨーロッパ連合の国で用いられているある種の方法では、BSE病原体の感染性を不活化できないことが明らかにされている。汚染した材料からの獣脂には感染性は見つかっていない。
*分子レベルの研究としては、BSE病原体の本体についての研究、BSE感染牛の診断を血液または尿で行う方法、試験管内での病気の研究システムなどが行われている。
10。英国でのBSE牛の廃棄、補償、研究の費用は?
*1995年7月までで、約2億6400万ドルが補償と廃棄に使われた。
*約4200万ドルが研究に使われた。
*事務関係と野外活動の費用、および生きた動物と牛由来製品の国内および国際市場での損失は推定されていない。
11。BSEは英国での牛肉需要を減少させたか?
*英国肉および家畜委員会British Meat and Livestock Commissionによれば、国内の牛肉販売(重量で)は1986年以来徐々に20%減少した。しかし、この減少はBSEによるものではなく、むしろ食習慣の変化と牛乳割当制の確立に伴う牧場の減少による。
*最近の英国のマスコミの報道によれば、BSEは国内牛肉消費にマイナス影響を与えている。最近急激に起きた危険性の問題(注:本講座26回参照)により、英国の学校ではメニューから牛肉を除くこととなった。
*英国牛肉の1995年第4四半期の売上は1994年の同時期と比べて、約6.5%低下すると予想されている。しかし、1995年全体では1994年より約2%低下するだけと推測されている。
12。BSEとクロイツフェルト/ヤコブ病(CJD )との関連は?
*大部分の専門家はCJDがBSEによって起こされるという説について、肯定も否定もできるようなはっきりした証拠はないと認めている。
*BSEとCJDの間の関連の有無にかかわらず、調査方法と診断技術の改良によりCJD診断率は全体として若干高くなるか、またはすでに高くなっているかもしれない。そして本病にかかる危険がこれまで知られていなかった年令層でのCJDの診断につながるかもしれない。
*英国でのCJDの発生は、BSE発生以来有意に増加はしておらず、ほかのヨーロッパ諸国と同様の発生率のままである。(1994年の100万人あたりの発生数は、フランスが0.81、ドイツが0.73、イタリアが0.53、オランダが1.04、英国が0.93)。
*過去3年間に英国の牧場従業員4名がCJDで死亡した。英国の牧場で働く人で4人以上に散発的CJDの見られる確率は0.006に過ぎない。しかし、同じ時期にフランスの牧場従業員では5例のCJD、ドイツでは2例、イタリアでは3例があった。さらに、1990年以来英国の屠場従業員、肉屋、獣医外科医でのCJDは報告されていない。
*最近、2名のテイーンエイジャーがCJDと診断された。ヨーロッパ大陸と米国でテイーンエイジャーのCJDは過去に4例が報告されているだけである。BSEとの関連は分かっていない。
以上の回答は英国農業省担当官、肉および家畜委員会スタッフ、米国農務省動物植物検疫局W. Huestonとの私信、および以下の文献にもとづく。
(2)米国でのBSE危険因子の現状
主として羊の飼育の現状、レンダリングの現状、代用乳(スターター)用の代替蛋白などについての解析結果が述べられています。
まとめとして、1989年と比較して、米国でのスクレイピーによるBSEの危険性は減少してきていると述べられています。
(3)米国でのBSE調査結果の評価
1。輸入牛
1981年1月1日から1989年7月(この時点で輸入禁止)までに英国から輸入した牛499頭についての追跡調査の結果、1995年10月30日現在、117頭が生きていた。339頭は死んでいた。8頭は輸出されていた。35頭が不明で追跡調査中。この追跡は記録がないので困難。しかし8才以上になっているのでBSE発症の可能性は少ない。117頭中52頭はBSE発生のあった牧場由来。
2。BSE発生の可能性の推定
米国で中枢神経障害を疑わせた神経症状の成牛2411頭について、60箇所以上の獣医診断施設等で検査した結果、BSEの証拠は得られなかった。毎年25、000ないし130、000の成熟乳牛と雄牛が中枢神経障害を示すと推定されていることから、この数字をもとに年間BSE発生の可能性を推定した。その結果、1年間の最大流行可能性は、10万頭あたり1.2から100万頭あたり2.3と推定された。
3。研究
米国でのBSE調査の大部分は臨床症状と神経病変が英国のものと同様という前提で行われている。1990年の終わりに米国由来のスクレイピー感染材料を子牛の脳内に接種した実験では、すべてが発症して死亡した。しかし、臨床症状は異なり(嗜眠性、ついで歩行できなくなる)、また病理組織検査では英国の場合と異なり、わずかな変化のみであった。スクレイピー感染材料を食べさせられた子牛では病気は起きていない。結論は出せないが、米国での調査方法には追加手段が必要と思われる。そのひとつとして、プリオン蛋白にもとずいた試験が行われている。
4。獣医大学での診断
パーデユー大学のVeterinary Medical Data Base (VMDB)が利用できる。これには27の獣医大学からの診断成績が集められている。
5。その他
教育、対策班、臨床獣医のネットワーク、屠殺前の検査、獣医診断報告システム、動物園などの項がありますが、省略します。
Kazuya Yamanouchi (山内一也)
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