人獣共通感染症 連続講座 第43回 7/5/96
牛海綿状脳症(BSE)のサルへの伝達実験


人獣共通感染症 (第43回)7/5/96

 英国で見いだされた10名の新型クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の患者は、B SEの感染による可能性が疑われていることは、これまでにこの講座でもご紹介しまし た。この後、英国で1名、フランスで1名、新型CJDが見いだされ、現在計12名に なっています。
 果たしてBSE由来かどうかは、今後の発生状況の疫学的検討、前回ご紹介したマウ スでの潜伏期および病変のプロフィル、また人プリオン発現トランスジェニック・マ ウスなど、色々な面からの検討が始まっています。
 今回、フランス原子力委員会の研究所のラスメザスC.I. Lasmezasらが、BSEの脳乳 剤のカニクイザルへの接種実験の成績をネイチャーVol. 381(6月27日号)に発表 しましたので、要点をご紹介します。
 なお、本論文についてネイチャー編集者は記者発表で、 ネイチャーがこの論文を 受理して審査している段階で、原子力委員会が6月13日に記者発表を行ってしまっ たことを大変残念に思うと述べています。その結果、LetterではなくScientific Cor respondenceの欄に掲載することにしたとのことです。
 英国から提供された1頭のBSE発病牛の脳乳剤を2頭の成熟カニクイザルと1頭の 生まれた直後のカニクイザルの脳内に、それぞれ400 ulおよび200 ulを接種したとこ ろ、2頭の成熟サルは150週で行動異常を示しはじた。1頭は抑鬱状態、もう1頭 は異常な食欲。2頭とも小脳症状を示すようになり、そのうちにけいれん発作が起こ るようになった。この2頭は行動異常が出現後、10および11週目に殺処分された 。若い方のサルは128週目に同様の症状を示しはじめ、23週後に殺処分された。
 脳の中の異常プリオンの分布は新型CJDと極めて良く似ており、海綿状変性も見い だされた。PAS 染色とアルシアンブルー染色で新型CJDに見られた花のような形のア ミロイド斑が検出された。これはとくに若いサルの方に顕著であった。また、その分 布も新型CJDのものに似ていた。
 これまでに散発型CJDを接種した2頭のマカクサルでは、このようなアミロイド斑 は見られていない。(はっきりしませんが、これは彼らの成績ではないようです)
 カニクイザルの属する旧世界サル・プリオン遺伝子も人と96.4%の相同性があり、 人にもっとも近い実験モデルになるとみなされる。人ではプリオン遺伝子のコドン1 29が多形性であって、新型CJDではメチオニンがホモで、これがCJD感受性に重要と みなされている。牛とカニクイザルでは、129番のコドンはメチオニンだけである。
 今回のサルは脳内接種であり、人でのBSE汚染は経口であって、ルートが違う。し かし、最終的な病変はBSEのような安定した株では、ルートに関係ないだろう。結論 として、今回の結果は、BSEが新型CJDの原因という仮説を支持するものとみなせる。
 この報告についてNews and Viewsで、チューリッヒ大学神経病理のアグッチAdrian o Aguzziが以下のような指摘を行っています。
 BSE病原体には、ほかの伝達性海綿状脳症の病原体にはみられない特徴があり、た とえば、羊、マウス、ハムスターでのスクレイピーの場合と異なり、経口投与で容易 に多種の動物に感染を起こす。食人で広がったとされるクールーと同じようなアミロ イド斑が存在することから、新型CJDの神経病変は経口感染が重要という推論が行わ れている。今回のラスメザスらの観察は、この議論とは異なり、人での新型CJDの神 経病変はBSE株の特徴がサルで反映されたものとしている。
 とくに次の点で疑問がある。第1の点として、マカクサルの系が人の現実的モデル になるかどうかという問題がある。今回サルの脳内に接種されたのは50-100 mgの脳 乳剤に過ぎないし、これは数年前までは人の食物に普通に含まれていた脳組織の量の 範囲であり、経口では伝達効率がかなり低くなるだろうと推定される。BSEのサル接 種での経口と脳内の感染効率は分からないが、500 mgのBSE牛脳乳剤を6頭の羊に経 口投与を行った実験では1頭しか発病しなかったことが報告されている。
 第2の点は遺伝的感受性である。英国の新型CJD患者とフランスの1例では、いず れもプリオン遺伝子のコドン129はすべてメチオニンがホモであり、もう1例の疑 わしい例では、バリンがホモになっている。したがって129がメチオニン、バリン とヘテロの場合(コーカシアンでは51%)は、プリオン説に基づけば、正常プリオ ンが2種類作られていて、それぞれが微妙な差を示すために、異常プリオンへの変換 の効率を妨げるという説明ができる。今回のサルでは129番コドンについては明ら かにされていない。
 また、危険因子と考えられるのに脳の中での正常プリオンの発現量がある。マカク サルで人と同じように発現されているかどうか確認することが重要である。
 もうひとつの重要な問題は、消化器から脳への侵入の機構である。この場合にはリ ンパ系組織が経路という証拠がいくつかある。しかし、問題なのはBSEプリオンは羊 、ハムスター、マウスなど大部分の動物種ではリンパ細網系組織で増殖するのに対し て、牛の脾臓とリンパ組織では驚くほど増殖しにくい。
 緊急に必要な実験は、サルへの経口投与と、最小感染量の決定である。これにはBS E脳の希釈系列を多数のサルに接種して長い年月観察しなければならない。
 BSEが人に感染を起こすかどうかについては、本講座27回でご紹介したコリンジ らの人プリオン発現トランスジェニック・マウスの実験があります。このトランスジ ェニック・マウスは、BSEを接種した場合、CJD接種なら発病する予定の日を過ぎても 発病しないことから、BSEが人に感染する可能性が低いことを示唆しようとしていま す。今回の報告は、サルの感染実験から新型CJDを起こす可能性があるという逆の内 容です。すでにBSEのサルへの接種実験はこれまでにも行われていますが、私の知っ ているかぎり、マーモセットでの感染成立のみだったと思います。今回のネイチャー の報告では、このマーモセットの実験については、まったく触れていません。  アグッチの指摘したように人へ経口感染したBSEの体内伝播に関する研究は、サル では可能ですので、今後この方面の研究も重要になるものと思います。

Kazuya Yamanouchi (山内一也)

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