人獣共通感染症(第45回) 9/5/96
1。カニクイザルでの自然発生の海綿状脳症
ランセットの7月6日号に若いカニクイザルでの海綿状脳症の発生についての報告 が出ています。フランスのモンペリエ大学のノエル・ボンNoelle Bons達の報告です。
このサルは1982年に生まれ、1986年10月に英国の動物園から南フランス のモンペリエの動物園に移されました。モンペリエでは人間用とされる肉製品の入っ
た餌が与えられていました。
1991年9才の時に、それまで健康であったのが無気力になり、ムードが変わっ て攻撃的になりました。ほかの仲間とも離れるようになり、1992年6月に安楽死
させられました。
脳には空胞変性が認められ、神経細胞の突起の周辺には異常プリオン蛋白が検出さ れました。この激しい空胞変性はクロイツフェルト・ヤコブ病の材料を接種されたリ
スザルで報告されているものと同じでした。 著者らはこれはサルでの自然発生の海綿状脳症の最初の報告と述べています。これ まで世界的に膨大な数のサルが医学研究に用いられていますが、私の知る限り、これ
が最初だと思います。この報告の最後のところで簡単に、この例がBSEの場合と同様 に汚染した餌からの感染の可能性があると述べています。果たして英国で飼われてい
た時に感染したのか、この点はまったく触れていません。もしもそうだとすると、経 口感染でBSEが霊長類に伝達されたことになります。 第43回でBSEのカニクイザルへの伝達実験(ネイチャーの通信欄に掲載されたも
の)をご紹介しましたが、これは脳内接種です。この報告の方は病変が新型CJDの場 合に似ているということを強調していましたが、今度の報告の方は、単に客観的記述
だけでセンセイショナルな表現は全く用いていません。
2。チンパンジーへのBSE接種実験
英国はBSEの接種実験を多くの動物種に対して行っていますが、霊長類ではマーモ セットへの伝達が報告されているだけです。 ネイチャーへの通信の中でオランダの癌センターComprehensive
Cancer Centreの ファン・ベッカムD.W. van Bekkumと霊長類センターBiomedical Primate Centreのヘ イトP.J.
Heidtは人にもっとも近い動物であるチンパンジーへの経口、脳内など、い ろいろな経路での接種実験をなぜ行わないのかと批判しています。 英国ではチンパンジーが入手できないと言われているが、オランダの霊長類センタ
ーは多数のチンパンジーを飼育していて提供できるし、フランスのいくつかの研究所 はガンビアのチンパンジーが提供できると述べています。 クールーはチンパンジーに脳内接種で伝達され、これがガイジュセックのノーベル
賞につながったのですが、経口接種では伝達されません。BSEがチンパンジーに、と くに経口で伝達されるかどうかは、たしかに誰でも興味を持つ点です。 オランダの霊長類センターはECの協力施設であり、ヨーロッパでもっとも多数のチ
ンパンジーを飼育しています。焼き物で有名なデルフトDelftのとなりのライスワイ クRijswijkにあります。私は20年ほど前に2週間ほど滞在してチンパンジーの飼育
条件やサルでの免疫抑制を勉強したことがあります。
3。オランダの麻痺猫の原因はニワトリの混合飼料
今年の春にオランダで800匹の猫が急性の麻痺(多発神経障害)の症状を呈して 330匹が死亡する事件が起きました。一部の週刊誌は狂猫病としてBSEの関連を問
題にしたことは、覚えておられる人が多いと思います。 BSE とは無関係であることはすぐに分かりましたが、本当の原因追究には大分時間 がかかりました。8月23日発行のサイエンスに、このニュースが出ています。
それによれば、マススぺクトロメーター分析で、餌の中にサリノマイシンsalinomy cinが含まれていたのがみつかり、これが原因という結論になったそうです。サリノ
マイシンはニワトリの腸管に寄生する原虫であるコクシジウムを予防するためにニワ トリの餌に、また食べ物の吸収を助けるために豚の餌に加えているものです。サリノ
マイシンはイオノフォアで、細胞のナトリウムーカリウムポンプを止める作用があり 、猫、七面鳥、馬など、多くの動物には毒性があります。これがキャットフードに加
えるミネラル、ビタミンなどに混じって入ったものと推定されています。 8月10日と13日のProMedでも、このニュースの速報がありました。そこでは汚
染の経路について内臓を除いていない鶏の死体がキャットフードに用いられた可能性 についての推論が紹介されていました。サイエンスの記事とはやや違った観点の内容
です。それによれば、米国の鶏病専門家の意見として、米国ではすべての鶏は屠殺の 最低4ー5日前に餌への添加物を除き、さらに屠殺12時間前からは、何も食べさせ
ていないので鶏の腸は空になっており、内臓を除去している際に死骸に添加物が混じ ることはない。これに対してヨーロッパでは屠殺直前まで餌を与えて体重を増加させ
るようにしているので、餌に抗コクシジウム剤が含まれていれば屠殺時の腸の中にも 含まれることになるという話です。キャットフードに20%の内臓が含まれ、鶏の餌
に100ppmのサリノマイシンが含まれていると仮定すると、計算のプロセスは私に は良く理解できませんが。最終的にキャットフードには5ppmが含まれることになる
そうです。このイオノフォアに感受性の動物での毒性は2ー10ppmであり、馬は2p pmで死亡するとのことです。
一般に人への危険性は無視できるが、高齢の年金生活者が貧しい食事にキャットフ ードを混ぜていることにも留意するべきだろうとも述べています。
Kazuya Yamanouchi (山内一也)
連続講座:人獣共通感染症へ