人獣共通感染症 連続講座 第73回
マレーシアにおけるヘンドラ様ウイルスの出現


霊長類フォーラム:人獣共通感染症 第73回 (3/23/99)

 マレーシアでは日本脳炎による死亡者が昨年末から多発していましたが、今度は 数日前にオーストラリアで人と馬に致死的感染を起こしたウマモービリウイルス(現 在はヘンドラウイルスの名前が一般的になっています)に似たウイルスが患者から分 離されました。

 これらのニュースはProMedにも連日掲載されていますので、それを中心に現状を ご紹介しようと思います。オーストラリアについで、東南アジアでエマージングウイ ルスの発生ということになりそうです。

  1. 日本脳炎による死亡者の多発

     日本脳炎は豚がウイルスの増幅動物となっていて、豚で増えたウイルスが蚊を介 して人への感染を起こします。日本では厚生省が毎年、日本全国の豚の血液について 日本脳炎ウイルスの抗体調査を行って流行を予測しています。それによれば毎年、蚊 が発生する夏頃から抗体陽性の豚がまず九州など南の地域に現れはじめ次第に北上し て秋頃には東北地方まで広がります。時には北海道でも見つかります。

     豚では妊娠中に感染すると死産や奇形を起こしますが、それ以外はあまり問題に なるような病気は起こしません。豚に対しては死産防止などを目的として日本脳炎ワ クチンの接種が行われています。ワクチンとしては不活化ワクチンと生ワクチンがあ り、いずれかが用いられます。

     ところで、昨年10月以来マレーシアでは日本脳炎による死亡者が続出し3月1 9日現在で少なくとも53名が確認されています。クアラルンプールの南100キロ のところのネグリセンビラン州ではこれまでに33名が死亡しており、この人たちは すべて養豚場で働いている人、またはその近くで生活していた人です。

     マレーシア政府は日本脳炎の死亡者の多発に対する対策として豚の殺処分を開始 しました。ネグリセンビラン州の3つの村では毎日3万5千頭を10日以上にわたっ て殺す予定とのことです。モスレムは豚を不浄なものとみなすため、この作業には非 モスレムの兵士と警官2300名が参加する予定です。この作業は午後5時には終え ることになっていますが、それはこの時間になると日本脳炎ウイルスを媒介する蚊の 活動が盛んになり感染の危険性が増すためです。

     また、養豚農家約3万人と養豚場の近く2キロ以内に住む15才以下の子供26 万2500人にワクチン接種を無料で行う予定だそうです。ウイルスを媒介するコガ タアカイエカの飛翔距離が2キロということから、この方針になったものと思われま す。

     ほとんどの養豚業者は中国系の仏教徒であり、国民の多くががモスレムのマレー シアではこの問題は政治的にデリケートなものになりそうです。

  2. 第2のウイルス、ヘンドラ様ウイルスの分離

     日本脳炎との診断で入院していたネグリセンビランの養豚家にヘンドラウイルス に類似のウイルスがみいだされたとの報告が3月20日にマレーシア厚生省から発表 されました。それによれば入院患者98人中19人にウイルスがみつかったとのこと です。ウイルス分離はクアラルンプールの大学病院とCDCの協力で細胞培養で行われました。これまでのところ人からの分離だけで、豚からは分離されていません。この ウイルスが豚の間で流行しているのか、また豚から人へ伝播したものなのか、まだ不 明です。CDCは8名のチームをマレーシアに派遣しましたので、これから実態が解明されることと思います。

     患者の発生に日本脳炎ウイルスとヘンドラ様ウイルスがそれぞれ、どの程度にか かわっているのかも不明です。

     ヘンドラウイルスと同じものかどうかはまだ確認されていないため現在のところ ヘンドラ様ウイルスとして取り扱われています。

     ヘンドラウイルスの場合、馬で致死的感染を起こしたことから、ヘンドラ様ウイ ルスが馬に感染を起こすのではないかという点も問題になっています。マレーシアの となりのシンガポールでは騎手や調教師などについてヘンドラウイルスの抗体検査を 行うかもしれないというニュースが3月22日づけのジャパン・タイムスにのってい ました。

     
  3. ヘンドラウイルスについての補足

     旧名のウマモービリウイルスについては本講座の第1回でまずとりあげ、その 後、第40回、46回、70回と取り上げてきました。それらの内容と重複する点がありますが、マレーシアのヘンドラ様ウイルス分離に関連のある面について解説してみます。

     まず、ヘンドラウイルスという名前ですが、これは最初の流行が起きた厩舎にち なんだものです。第70回でご紹介したようにウマモービリウイルスは、遺伝子構造 から当初提案されたパラミクソウイルス科モービリウイルス属ではなくパラミクソウ イルス科の新しい属(メガミクソウイルス属が提案されていますが、どうなるかは不 明です)に分類すべきという意見が強くなりました。そこで、ヘンドラウイルスの名 前が普及しつつあります。

     ヘンドラウイルスは馬と人で致死的感染を起こしました。馬の感染は自然宿主の オオコウモリからと推測されています。感染実験では猫で致死的な肺炎が起きていま す。このほかにモルモットにも感染が証明されています。したがってこれまでに分 かっている感受性動物は人、馬、猫、オオコウモリ、モルモットということになりま す。
    しかし、豚への感染実験は報告されていません。これからおそらくオーストラリア で試験が行われることと思います。

Kazuya Yamanouchi (山内一也)

連続講座:人獣共通感染症