人獣共通感染症 連続講座 第76回
FDAの異種移植ガイドライン:ドナーとしてのサルの使用を実質的に禁止
霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第76回)4/17/99
第72回本講座で欧米での異種移植ガイドライン作成の状況を簡単にお知らせし
ました。そこで触れましたが米国のFDAのガイドラインは案が1996年に公表されたものの、正式のガイドラインはいまだにできていません。
今回、FDAはサルを異種移植のドナーに使用する場合についてのガイドラインを作
成し、Federal Registerに3月30日付けで公表しました。
これはサルを人への移植に用いる場合についての企業のためのガイダンスとなっ
ていますが、内容は実質的にサルの使用を禁止したものです。ガイドラインの要点を
簡単にまとめてみます。
「企業のためのガイダンス:人でのサル類による異種移植がもたらす公衆衛生上の
問題」Guidance for Industry: Public Health Issues Posed by the Use of
Nonhuman Primate Xenografts in Humans
前文
本指針の対象となるのは、サルの生きた細胞、組織、臓器であって、人へ移植さ
れる場合、または人の体液、細胞、組織、臓器に体外で接触させる場合を含んでい
る。
企業へのガイダンスの内容としては、(1)公衆衛生におよぼす可能性のある危険
性、(2)今後の科学研究の必要性と、とくに病原体についての危険性の評価、
(3)これらの問題についての大衆による討論の必要性に分けられる。
1996年9月23日に「異種移植での感染症の問題に関するガイドライン」案
Dr aft Public Health Service Guideline on Infectious Disease Issues in
Xenotran splantationが発表されてから、公開のワークショップとして1997年7月21ー22日に「種を越えた感染と病原性」Cross-Species Infectivity and
Pathogenesis、および1998年1月21ー22日に「異種移植に関する米国公衆衛生上の政策について」Developing U.S. Public Health Service Policy in Xenotransplantationが開かれた。
本指針はこれらの一般からのコメントに応えるとともに、臨床研究者の間での異
種移植へのサルの使用計画に応えるものである。
ほかの動物種については後日発表される予定になっている。
背景
ガイドライン案が発表されてから140以上の一般からのコメントが寄せられて
いるが、その大部分はサルを異種移植に使用することに反対している。その内訳は4
4名のウイルス研究者の連名の手紙、個人、American Society of Transplant
Physicians、American College of Cardiology、および異種移植の臨床試験のスポンサーである民間企業などである。
異種移植は大きな公衆衛生上のジレンマである。すなわち、細胞、組織、臓器の
不足解消の手段として期待できるこの新しい技術と、レシピエント、接触者、さらに
一般公衆までにおよぶかもしれない病原体の伝播をどのようにはかりにかけたらよい
か。人から人への移植では、移植臓器を介して、人免疫不全ウイルス、クロイツフェ
ルト・ヤコブ病、B型肝炎、C型肝炎などの伝播の経験がある。
サルは解剖学的、生理学的、免疫学的に人に似ているという利点がある。しか
し、これらの類似した性質はある種の病原体の伝播も容易にする。
サルでのもうひとつの問題は、病原体フリーのサルの確保が困難なことである。
多くのサルは1ー2代前には野生のものであった。そのため、人に危険性のあるどの
ような病原体をサルが保有しているのか、十分に知ることは非常に困難である。
サルの保有する病原体には種々のレトロウイルス(たとえば、サル免疫不全ウイ
ルス、サルフォーミイウイルス、ヒヒ内在性レトロウイルス、サルD型レトロウイルス
など)、種々のヘルペスウイルス(たとえば、ヒヒヘルペスウイルス、ヒヒサイト
メガロウイルス、SA-8など)があり、しばしばサルコロニーで高い頻度で見いだされ
ている。大部分のサルはサルフォーミイウイルスを保有しており、サルの飼育に関わ
る人での持続感染も明らかにされている。
Bウイルスは人の脳炎と死亡を起こす。サル免疫不全ウイルスによる人の感染の報
告もある。
勧告
(1)異種移植にサルをドナーとして使用することは研究社会、および一般大衆の
間での公衆衛生上の安全性に関わる大きな問題を提起する。
(2)現在の科学的データではレシピエント、密接な接触者、一般大衆を感染症の
危険性にさらすおそれのあることを示している。
(3)科学研究を押し進め、異種移植用のサルがもたらす危険性の充分な評価、さ
らにそれを減少させるための情報を得ることが必要である。
以上を考慮して、現在、設立の途中である異種移植諮問委員会が米国でのサルに
よる異種移植の可否、および実施のための条件についての勧告を行う予定である。サ
ルによる異種移植のもたらす危険性についての充分な科学的情報が得られるまでは、
臨床試験の申請をFDAに提出すべきではない。FDAでは、サルによる異種移植の危険性を評価するための充分な情報はないと信じている。
付記:
読んでお分かりのように、これは実質的にサルを異種移植のドナーとして使用す
ることを禁止したものです。このガイドラインの簡単な紹介は4月15日発行のネイ
チャーにも掲載されています。そこには、この問題でいつも登場するCDCのルイザ・チャップマン、異種移植のモラトリアムを提唱しているフリッツ・バックなどのコメ
ントが載っています。また、このガイドラインはサルを禁止して豚を承認するための
ものかという推測、また豚でも最近のマレーシアのヘンドラウイルス(現在はニパウ
イルス)のようにいろいろの危険性があるといった指摘も述べられています。
英国政府の異種移植の倫理諮問委員会(ケネデイ委員会)(第52回本講座)で
はすでにドナーとしてのサルの使用は倫理的に受け入れられないという結論を報告し
ており、英国ではサルの使用は実質的に禁止の状態です。米国も同様になったわけで
す。
なお、昨日の新聞にOECDの報告「異種臓器移植・国際的な政策課題」が出版され
たとのニュースがありました。これは第72回の本講座で参考にした報告のことで
す。私が参考にしたのは(案)の段階の報告書でしたが、内容的には多分ほとんど変
わっていないものと思います。
Kazuya Yamanouchi (山内一也)
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