公益社団法人日本獣医学会 The Japanese Society of Veterinary Science

人獣共通感染症 連続講座 第157回(06/18/2004)


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ウシを用いたBSEの発病機構に関する研究の現状

 ウシのBSE感染は口から摂取されたプリオンがまず回腸遠位部で増殖し、多分、末梢神経を介して脳や脊髄などの中枢神経系と背根神経節のような末梢神経節に運ばれてそこで増殖するものと考えられています。しかし、このような発病のメカニズムについては、これまでに限られた実験しかなく、不明の点が多く残されています。一方、診断の面では現在は死後の脳について行われており、生前診断はできないという大きな問題を抱えています。
 日本では動物衛生研究所のプリオン病研究センターの建物ができて、これから発病機構と生前診断などの研究が始まります。そのニュースがProMEDに掲載されたのがきっかけで、最近の英国とドイツの実験を紹介するニュースが同じくProMEDに掲載されました。昨年、米国コロラド州フォートコリンズで開かれた伝達性海綿状脳症フォーラム(本講座150回でご紹介しました)では英国のジェラルド・ウエルズとダニー・マシューズが英国の現状を紹介しています。それらを参考にしてBSE発病機構の研究の現状を整理してみます。

1. 英国の第1回実験

 1990年に4ヶ月令の子ウシにBSEウシの脳100グラムを食べさせる実験が始められました。2-4ヶ月間隔で3頭前後を殺処分して50数種の組織を集めて、マウスの脳内に接種して感染性を調べるものです。これをマウス・バイオアッセイと呼んでいます。その結果、6ヶ月目に回腸遠位部に感染性が見いだされました。野外での発病例での実験では回腸には見いだされていませんでしたが、この成績が出たことで回腸遠位部が特定危険部位に追加されました。
 つぎに感染性が見いだされたのは32ヶ月目に殺処分したウシの脳、脊髄、三叉神経節、背根神経節でした。
 一方、マウスとウシの間には種の壁があります。実験的に同じサンプルを希釈してマウスとウシにそれぞれ接種してみた結果では、ウシの方が500倍高い検出感度を示すことが確認されています。そこで、子ウシへの脳内接種による感染性の検出が試みられました。これはウシ・バイオアッセイと呼ばれています。1つのサンプルについて5頭ずつのウシに接種したのですが、ウシをマウスなみに用いる大変な実験であるため、試験された組織は重要とみなされる組織に限定されました。その結果は6ヶ月目の回腸遠位部、32ヶ月目の脳と脊髄をプールしたもので、この結果はマウス脳内接種と同じものでした。
 このほかに10ヶ月目に採取した扁桃で、5頭のウシの中1頭が45ヶ月目に発病しました。脳・脊髄を接種した場合には23ヶ月目で発病しており、潜伏期の長さは病原体の量に依存していますので、扁桃には脳・脊髄よりはかなり低いレベルながら病原体が存在していることが推定されます。ちなみに、日本の屠畜場での解体の場合、頭部を切り離して、食用として許可されている舌と頬肉だけを採取し、残りは焼却しているので、とくに問題はありませんが、この成績が実験責任者のジェラルド・ウエルズ博士から口頭で伝えられたのを受けて、厚生労働省ではすぐに、舌を採取する際に扁桃に傷をつけないよう注意を通達しています。
 食肉となる部位の筋肉については3カ所が子ウシの脳内接種で調べられています。いずれでも子ウシはすでに4-5年以上経過してもまだ発病していません。すなわち、筋肉ではウシ・バイオアッセイでも感染性は検出されていないわけです。これらのウシはまだ観察が続けられていますので、厳密には実験はまだ続いていることになります。
 この実験には全部で600頭くらいのウシが用いられたとウエルズ博士は述べていますが、それは脳内接種に用いたウシの数も含めたものです。実際に経口接種したウシの数ははっきりしませんが、多分30頭前後です。
 経口接種した後、どれくらいの時期から脳に感染性が見つかるかという点が、屠畜場でのスクリーニング検査の場合に問題になります。脳に感染性が見つかったのは前述のように32ヶ月です。その前の26ヶ月は陰性でした。しかし、26ヶ月目に殺処分されたウシは1頭、32ヶ月目では2頭です。本来、この実験は発病機構を調べる目的で、どの時期に検査したらよいかを調べる目的のものではありませんので、やむを得ませんが、これだけの頭数から30ヶ月以下は検査にひっかからないという結論は出せません。

2. 英国の第2回実験

 1998年から300頭のウシを用いた新しい実験が始められています。これはBSEウシの脳1グラムと100グラムをそれぞれ100頭のウシに経口接種したもので、残りの100頭は接種しない対照です。1ないし3カ月毎に尿、血液などの体液の採取、3カ月毎に6頭を殺処分(1グラム接種群については5年以後は6カ月毎)して各組織を採取することになっています。これは主に生前試験を含めた診断法の研究と発病機構のための材料を提供する目的の実験です。材料配布を決定するための審査委員会が設けられており、材料の提供を希望する研究者はここに申請して許可を受けることになっています。その手順などはホームページで公開されています。

3. ドイツの実験

 ドイツではバルティック海の沿岸インゼル・リームス島に口蹄疫ウイルスの分離に成功したフリードリッヒ・レフラーの名前を付けた研究所があります(本講座ウイルス発見100年でご紹介してあります)。現在は連邦動物ウイルス病研究センター(Federal Research Center for Virus Diseases of Animals)と呼ばれ、そこに設置されたエマージング感染症研究所(所長:マーティン・グロシャップMartin Groschup)でウシを用いたBSEの発病機構に関する実験が行われています。その内容は以下のとおりです。
 2003年1月に28頭、ついで5月に28頭の計56頭に英国獣医研究所から提供されたBSEウシの脳幹乳剤100グラムが経口接種されました。毎月、尿サンプルが採取され、また経時的に数頭が殺処分され組織と体液が採取されることになっています。2004年5月の時点で6万以上のサンプルが集まり、2007年の実験終了までには20万のサンプルが採取される予定とのことです。
 これらのサンプルについて、ウシ・プリオン蛋白遺伝子導入トランスジェニックマウス(ウシ型マウス)の脳内接種で感染性の検出が行われることになっています。