米国食品医薬品庁は今年の8月18日に、食品添加物としてウイルスを使用することを承認しました。これはボルチモアにあるIntralytix, Inc.というベンチャーが開発したLMP102という添加物で、6種類のバクテリオファージが成分です。使用目的は、インスタントの肉製品、たとえばスライスしたハムなどへ包装前に振りかけてリステリア菌(リステリア・モノサイトゲネス)の汚染を防ぐためです。食品添加物としてウイルスが承認されたのは、これが初めてです。この会社では、今度は腸管出血性大腸菌O157やサルモネラに対する製品の実用化を目指しているとのことです。
バクテリオファージ(普通、ファージと省略)は、細菌を食べるウイルスです。ファージが食べる細菌は、それぞれのファージで異なります。この製品ではリステリア菌に働くファージが使用されています。ほかの細菌には効果はありません。ファージは細菌のウイルスなので、植物、動物では増殖しません。人でも安全性は問題ないと考えられています。
リステリア菌は、土や砂、水の中など自然界に広く存在する細菌で、ウシやヒツジでは脳炎や乳房炎を起こします。生の牛乳でこの菌が見つかることもあります。健康な成人が感染した場合には、症状はあまりみられませんが、妊娠した女性では流産や死産、高齢者や免疫機能が低下した成人では髄膜炎を起こすことがあります。CDCは、米国で毎年2,500名が重症感染を起こし、500名が死亡していると推定しています。
日本では2001年に北海道でナチュラルチーズが原因の集団食中毒を起こしています。
参考
ファージを抗生物質の代わりに利用する研究は盛んになってきています。その状況を、私の最近の著書「地球村で共存するウイルスと人類」(第170回本講座)の11章「ウイルスを利用した病気の治療」で取り上げましたので、関連する部分を以下に転載します。
細菌を溶かす細菌ウイルス(バクテリオファージ)
細菌の細胞の中で増殖するウイルスはバクテリオファージ、または省略してファージと呼ばれています。命名者はフランスのパスツール研究所の細菌学者フェリックス・デレルです。彼は赤痢菌を培養していた寒天培地に小さい透明な部分が現れたのをみつけて、これが細菌を麻痺させるウイルスによるものと考えて、1917年にこの名称を提唱したのです。ファージとは食べるという意味で、文字通り細菌を食べることを指しています。じつは、それよりも前の1896年に、英国の細菌学者アーネスト・ハンキンは、インドのガンジス河の水の中にコレラ菌を殺す未知の物質が存在していて、これが細菌を濾過するフィルターを通過することを見つけています。そして、彼はこの物質がコレラ菌の流行が広がるのを防いでいると考えたのです。
古くから試みられたファージ療法
デレルは、フランスの田舎やインドでファージを用いて赤痢の治療をおこない、成果をあげていました。これがファージ療法の最初で、彼はパリに種々の細菌に対するファージの製造所を設立したのです。ファージ療法は米国でもおこなわれ、1940年代には大製薬会社が黄色ブドウ球菌や大腸菌などを標的としたファージの製造をおこないました。
そののち、抗生物質が開発されて多くの細菌感染の治療が可能になったことから、ファージ療法はほとんど姿を消してしまいました。しかし、旧ソ連ではグルジア共和国のトビリシにデレルの協力で1923年に研究所が設立され、最盛期には1,200人が働いていて、現在にいたるまで化膿の原因となるブドウ球菌などを治療するためのファージが製造されていました。ポーランドには1952年に同様の研究所がつくられ、ファージ療法の中心になってきました。
開発が進むファージ療法
20世紀の後半になって、抗生物質が効かない耐性菌の問題が深刻になってきたため、ファージ療法がふたたび注目されるようになりました。ファージは特定の細菌を破壊する性質を持っています。抗生物質のように多くの種類の細菌には効果がありません。しかし、逆に目的の細菌だけを攻撃するので、抗生物質のように善玉の細菌まで攻撃してしまうことはありません。
二一世紀に入って、ファージ療法の開発は非常に盛んになっています。利用をめざしている分野も多岐にわたっています。病気の治療では、とくに抗生物質耐性菌への利用が期待されています。ウシやニワトリへの抗生物質の乱用が耐性菌を生み出す大きな原因になっていますが、それに代わるものとして、腸管出血性大腸菌O157などを標的とした多くの研究も始まっています。また、メロンやソーセージなどの食品の細菌汚染を防止する試み、稲やトマトなど作物に被害を与える植物細菌の防除といった、新しい分野への応用も試みられています。