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わが国への侵入/蔓延が危惧される動物由来感染症

野兎病

(東京大学大学院 農学生命科学研究科 吉川泰弘)

古くて新しい野兎病

野兎病(Tularemia, Yato-Byo)は、日本では第2大戦後のように、毎年50名を越す新規患者が発生する規模の流行はなくなり、近年はやや古典的疾病として扱われてきた。しかし、最近米国の生物テロの「特に留意すべき病原体」として、天然痘、炭疸などど並んでリストアップされた。従来の感染様式とは異なったリスクを考える必要がでてきた。また、極く最近、米国でプレーリードック間で野兎病流行の報告があり、厚生省はエキゾチックアニマルとしてわが国に輸入されているプレーリードックについても、注意を喚起した。このように野兎病は、従来と異なった感染ルートや感染源を考える必要のある疾病として、とらえ直す必要がある。

病原体

野兎病菌 Francisella tularensis。グラム陰性の小桿菌。非運動性、無芽胞で極染色性を示す。
野兎病菌は血清学的には単一である。しかし、菌株の生化学的性状、病原性、疫学情報から下記の3亜種が挙げられている。

  1. F. tularensis tularensis, 北アメリカに分布する強毒型。有効な抗生物質が投与されなかった場合の死亡率は5%。ウサギ類にマダニを介して感染している。
  2. F. tularensis holarctica, 北アメリカを含む広い地域に分布。病原性はウサギ、ヒトに対して弱い。有効な抗生物質の投与がなくても、死亡率は1%未満。この亜種の中のbiovar japonicaは日本の株。ハタネズミ類との関係が強く、水系汚染などで動物間に伝播する。シベリア東部、北アメリカではハタネズミが、ロシアの河川流域ではミズハタネズミが、ヨーロッパや日本ではノウサギ類が主な保菌動物。
  3. F. tularensis mediasiatica, 中央アジアに分布。病原性は弱い。ノウサギ、トビネズミ類とマダニ類の感染環で維持される。

野兎病の背景

フランシス病、牛バエ熱、ウサギ熱、大原病、コブウサギなどとも呼ばれる。野兎病は野生動物の疾病で人に感染する細菌性疾患である。また野兎病菌を持ったダニ、蚊、アブなどに刺されても感染する。
1911年米国カリフォルニア州でジリスのペスト様疾患があり、Tulare郡で菌が分離されたのでこの名前がある。人に感染する疾患群を1921年にEdward Francisがツラレミアに統一した。これに因んでFrancisella tularensisと呼ばれる。日本では「食兎中毒」として天保8年(1837年)に記載があり、1852年にも「中兎毒」として記載されている。1924年大原八郎が罹患野兎からヒトへの感染を観察し、独自に本病の研究を開始し、1925年ヒトへの感染実験に成功した。また同年、石川、芳賀が菌の分離に成功したので大原病とも呼ばれる。東北と関東地方が主な分布地域である。

疫学状況

北半球温帯に一定の汚染地帯がある。日本では東北及び関東(栃木、茨城、千葉)で患者が多発していた。散発的には新潟、長野、静岡、愛知、京都、福岡にみられた。ダニの活動する5月と狩猟時期の12月が多い。1924年から1998年まで総数1375例が報告されている。ソ連、欧州ではミズハタネズミが汚染源となり、水系汚染が起きている。1966、67年にはスエーデンの農村で600人以上の集団発生があった。汚染した干草からの呼吸器感染などが原因と考えられている。米国では1985〜92年に1409例の感染と20例の死亡が報告されている。

保菌動物と感染経路

野兎病菌は鳥類、哺乳類、一部の爬虫類、両生類及び吸血性昆虫から分離されているが、主として哺乳類と吸血昆虫から分離される。感染野兎、野生齧歯類は多く敗血症で死亡する。また野兎病菌は水、土壌、死体、皮の中で数週間は感染可能である。人への感染は野兎及び野生の齧歯類などの疾病で汚染動物から直接、あるいはマダニ、アブなど節足動物が媒介して感染する。通常、野兎病菌は野生動物と寄生ダニの間で維持されている。人は感受性が高く、健康な皮膚からも感染する。汚染生水による経口感染、病原体の吸入(汚染塵埃の吸入)による呼吸器感染も起こる。通常人から人への感染はない(潰瘍部からの浸出物は感染源となる)。

臨床症状

潜伏期は通常3〜7日である。患者は突然、悪寒、波状熱(39〜40C)、頭痛、筋肉痛、関節痛、嘔吐などの症状を示す。一般検査所見では白血球増多、血沈亢進、CRP上昇がみられる。一過性にGOT, GPT値の上昇、尿蛋白陽性となる。接触感染・昆虫媒介による表在型(潰瘍リンパ節型)では菌が侵入した部位に潰瘍が生じ、所属リンパ節が痛み、腫脹する。他方経口感染による内蔵型(チフス型)では下痢、嘔吐、稀に意識障害、髄膜刺激症状を示す。敗血症は稀(5%以下)である。治療が遅れると症状が何週間も続き、発汗、悪寒、体力消耗、体重減少を起こす。各病型の経過中に蕁麻疹様、多形滲出性紅斑などの皮疹をみることがある。
このように初期症状は菌の侵入部位により異なる点が特徴である。すなわち潰瘍リンパ節型は局所の壊死・潰瘍と所属リンパ節腫脹、化膿、潰瘍。眼リンパ節型は流涙、眼瞼の浮腫・小潰瘍、結膜炎症状。鼻リンパ節型は鼻ジフテリア様か皮、下顎頸部リンパ節腫脹。扁桃リンパ節型は口腔、扁桃潰瘍、下顎頸部リンパ節腫脹。肺炎型は胸痛、肺炎症状。チフス型は下痢、嘔吐、意識障害、髄膜刺激症状である。

診断・鑑別診断

凝集試験:患者血清中の野兎病菌凝集抗体を測定する。40倍以上で陽性。凝集価は発症1週後から上昇して3〜4週でピークとなる。1週おきに2回測定すれば、既往者と新規感染者との鑑別は可能である。
菌検出:病変部からの直接菌分離は困難。菌発育にはシスチンを必要とする。ユーゴン血液寒天培地が実用的。通常罹患リンパ節などをマウスに腹腔内接種し、発症あるいは死亡後血液を培養する。また組織片スタンプで蛍光抗体試験、病理切片で免疫染色により菌体を検出する方法も有効である。
鑑別診断には菌の侵入経路により異なる症状を示すので注意が必要である。初期は感冒様症状を示す。以下の疾患との鑑別を要する。ツツガムシ病、日本紅斑熱、ネコ引っ掻き病、ブルセラ症、鼠咬傷、結核、ペスト。病理組織学的には結核に酷似する。またブルセラ菌と共通抗原をもつので、血清はブルセラ菌で吸収してから検査する。

治 療

全身治療にはストレプトマイシン(SM)が有効(1g/日で総量12〜15g注射)。クロラムフェニコール、テトラサイクリン(TC)、マクロライド系が有効である。通常TC1日1g分4で経口投与し、SMと併用する。TCは2週間続けたあと、減量して1〜2ヶ月服用。ただし、マクロライド系には自然耐性菌株が存在するので注意が必要。ペニシリン系、セファロスポリン系は無効。
局所治療は膿瘍化したリンパ節を穿刺し排膿(3〜4日ごと)。ストレプトマイシンの局所注入を行う(0.1〜0.2g注入、2〜3回)また、切開後、病巣を十分に掻爬する(難治性瘻孔にならないようにする)方法もある。

予 防

弱毒生ワクチンがあり、米国では実験室バイオハザード対策として1959年から使用されている。ロシアでは弱毒株(RV株)を用いて年間1千万人以上に接種し、流行を防止した(1950年)。免疫は数ヶ月〜数年間持続する。

予後・合併症

一般に良好。治療が適切でないと、リンパ節炎の再発、リウマチ様関節痛など慢性野兎病に移行する。
二次感染予防は55C、10分の加熱で菌を不活化出来る。また菌で汚染された表面は0.5%次亜塩素酸ナトリウムと70%アルコールの噴霧で消毒可能。

注:野兎病の診断と菌分離は、現在以下の3カ所で可能である。

(1)郵便番号 960-0195、福島市鎌田字中江33、大原総合病院付属大原研究所
   藤田博己先生、tel:024-554-2001(内)235、fax:024-554-6879
(2)最寄りの家畜保健所
  (動衛研では臨床疫学研究室が検査を担当するが、家畜保健所を通す必要がある。)
(3)国立感染症研究所、獣医科学部

参考文献

1)感染症学、基礎と臨床:野兎病、上野龍夫 927−929,メジカルビュー社 1982年
2)大原総合病院年報:28巻,9-15 (1985), 29巻,1-6 (1986),
  32巻,1-5 (1989),
35巻,1-10 (1992), 40巻, 63-66 (1997).
3)http://www.eiken.city.yokohama.jp/infection_inf/tularemia1.htm
  野兎病:横浜市衛生研究所・疫学情報課
4)野兎病菌、藤田博己、細菌学(竹田美文、林英生編) 朝倉書店

(東京大学大学院 農学生命科学研究科 吉川泰弘)

連絡先 日本獣医学会事務局
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