動物の病気
牛海綿状脳症(BSE)
■連続講座(山内一也東京大学名誉教授)
■現状と問題点
■BSE公開講演会(H14.10.24)
「BSEと食の安全性」
Gerald A.H.Well博士
「BSEの感染発病機序」
小澤義博博士
■Q&A(リンク)
わが国への侵入/蔓延が危惧される動物由来感染症
1. 狂犬病
2. ・ニパウイルス感染症
・ニパ(Nipah)ウイルス
感染症について(第一報)
小澤義博先生
3. 西ナイル熱
4. ウイルス性出血熱
5. ダニ媒介性脳炎
6. リフトバレー熱
7. Bウイルス感染症
8. エボラ出血熱
9. ハンタウイルス感染症
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11. ボルナ病
12. オウム病
13. Q熱
14. 炭疽
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霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第136回)9/21/02
BSEに関する3つの話題:
BSEの起源、変異型CJDの輸血による伝播、変異型CJDのサル・モデル
(伝達性海綿状脳症国際シンポジウムより)
2002年9月15日から18日にかけてエジンバラで開かれた伝達性海綿状脳症国際シンポジウムに出席してきました。演題が受け付けられた人のみが参加資格を有し、私の場合、演題は出していないため事務局での選考で参加を許されました。場所はエジンバラ大学のとなりの王立スコットランド博物館の講堂で、昔のスコットランドの雰囲気を味わいながらの会議になりました。25カ国280名以上の参加者があり、あまり広くない階段教室の会場は最終日まで満席でした。
レセプションでは、英国家畜衛生研究所の元所長クリス・ボストック(Chris Bostock)が、エジンバラでは1823年に獣医大学が設立された頃からスクレイピーの研究が始まり、1921年には家畜衛生研究所・神経病理ユニットが設立され、さらに1990年にはエジンバラのウエスタン総合病院にCJD調査委員会が設立されているという背景から分かるように、伝達性海綿状脳症の研究の中心の場所であるということを強調していました。(なお、クリス・ボストックは2週間ほど前に定年で所長をやめ、新所長はベルギー・リエージュ大学のポール=ピエール・パストレ(Paul-Pierre Pastoret)教授が就任しました)
スクレイピー研究から生まれた伝達性海綿状脳症の用語になじんできた英国研究者の多くは、プリオン説を認めながらも、プリオン病の用語はあまり用いません。そこで、このシンポジウムのようなタイトルになったと思われます。
プリオン説に反対のリチャード・キンバリン(Richard Kimberlin)も元気な姿を見せていました。彼はハムスターに順化したスクレイピー263K株の開発でも有名ですが、皮肉なことに、これがプルシナーのプリオン説を産み出す手段に用いられました。BSEを最初に病理学的に確認したジェラルド・ウエルズ(Gerald Wells)、BSEの肉骨粉原因説をいち早く打ち出したジョン・ワイルスミス(John Wilesmith)、現在、獣医学研究所(Veterinary Laboratories Agency: VLA)でのウシによるBSEの実験プロジェクトの責任者のダニー・マシューズ(Danny Matthews)たちも参加していました。
数多くの興味ある発表の中から、BSEのスクレイピー起源説の確認に関わる実験、輸血の安全性確認のためのヒツジ・モデル、変異型CJDのサル・モデルの3つの話題をとりあげてみます。
- スクレイピーのBSE起源説
ジョン・ワイルスミスは、1970年代終わりから80年代初めにスクレイピーが肉骨粉に混入してウシに感染を起こした可能性を提唱しました。これに対して英国政府のBSE調査委員会(委員長アンドリュー・フィリップス)は、スクレイピー説は誤りであってBSEは1頭のウシのプリオン蛋白遺伝子変異により生じたとの見解を発表しました。これは関係者にとって衝撃的でした。すぐ後に設立されたBSE起源に関する委員会(委員長ガブリエル・ホーン)ではフィリップス委員会の報告に逐条的に反論しています。もともと、フィリップス委員会は行政対応の検証を目的としたもので、フィリップスは高等判院の判事です。3名の委員のうち唯一の科学者、ケンブリッジ大学のマルコム・ファーガソン=スミス教授(胎児の染色体異常の研究者)が英国の医学雑誌に書いた論説では、BSEがスクレイピー由来ならば人には感染しないと、政府が主張するのに利用された点が問題になったと述べています。
フィリップス委員会の報告が出る少し前に、獣医学研究所のワイルスミスのグループは、この問題の解明のためにスクレイピーのウシへの実験を始めていました。BSE 出現当時のスクレイピーをウシに接種してBSEが起こるか調べる実験です。接種に用いた材料は2種類で、ひとつはBSEが見つかる以前の1975年前にスクレイピーと診断された11頭のヒツジの脳をプールしたもの、もうひとつはBSE発生後の1990年代にスクレイピーと診断されたヒツジ10頭の脳をプールしたものです。
これらをそれぞれ10頭ずつのウシの脳内に接種して観察を続けていますが、これまでのところ、75年以前のサンプルでは、8頭が平均765日(25.5ヶ月)で死亡し、2頭はまだ生きています。90年代のサンプルでは5頭が平均792日(21.7ヶ月)で死亡し4頭はまだ生きています。(1頭、数が足りませんが、理由は分かりません。)
75年以前のサンプルが接種されたウシでは無気力の症状が見られ、脳には異常プリオン蛋白が広範囲に見いだされましたが、BSEの特徴である空胞はほとんど見つかりませんでした。異常プリオン蛋白をウエスタン・ブロットで解析すると、BSEでは糖鎖が2本ついたバンドが多量にみられるのですが、このサンプルでは糖鎖のついていないバンドが主体であって、分子量の面でもBSEと若干異なっていました。
90年代のサンプルでは過敏症状が見られ、1頭は攻撃的となり、一見BSEに似ていました。脳には空胞も見いだされましたが、その分布はBSEの場合とは異なっていました。また、ウエスタン・ブロットのパターンはBSEではなくスクレイピーに似ていました。
結局、どちらのサンプルでもBSEに似た病気は見られていません。
この研究を行っているスティーブ・ライダー(Steve Ryder)によると、1975年以前のサンプルは11頭のヒツジのものですが、単一の株らしく、90年代のサンプルには複数の株が混在している可能性があるとのことです。現在、エジンバラの家畜衛生研究所には20株のスクレイピー病原体がありますが、これらはマウスの脳を継代してきているため、野外の病原体とは大分異なったものに変わっている可能性があるようです。
また、ダニー・マシューズによると、これ以外に100グラムのスクレイピーヒツジの脳を食べさせた実験も平行して行っていますが、まだ接種後24ヶ月かしか経っておらず発病はしていないとのことです。
- ヒツジのモデルでの輸血による伝播実験
変異型CJDでは孤発性CJDと異なり扁桃、虫垂、脾臓などのリンパ組織に異常プリオン蛋白が見つかることから、白血球などに病原体が付着して、輸血によりほかの人に感染を広げる可能性が公衆衛生上の大きな問題になっています。
これまでに英国家畜衛生研究所(エジンバラ)のモイラ・ブルース(Moira Bruce)は2名の変異型CJD患者の血漿と白血球をマウスの脳内に接種した結果、感染性が見つからなかったことを発表しています。ロンドン大学インペリアル・カレッジのジョン・コリンジ(John Collinge)教授は高感度のウエスタン・ブロットで1名の変異型CJD患者の白血球を調べた結果、やはり異常プリオン蛋白は見つからなかったことを報告しています。
英国家畜衛生研究所(コンプトン)では、ヒツジのモデルでこの問題に取り組んでいます。ヒツジを取り上げた理由は、ヒツジにBSEを接種した場合、変異型CJDのようにいろいろなリンパ組織に異常プリオン蛋白が見つかること(ウシではリンパ組織にはまったく見つかりません)、ヒツジからヒツジに輸血をすれば種の壁はないこと、そして、ヒツジのサイズが人間に匹敵することの3つです。
すでに2000年に、BSEの接種を受けて潜伏期中のヒツジの血液を輸血されたヒツジのうち、1頭が発病したことがランセット誌に発表されました。まったくの中間成績が論文になることは異例ですが、それだけこの結果が重要視されたのです。しかし、1頭だけでは信用できないという意見も多く聞かれました。ところが、さらにもう1頭が発病して計2頭になったこと、また、スクレイピーに自然感染したヒツジの血液を輸血されたヒツジでも、4頭が発病したことが発表されました。これは英国のウイルス学雑誌であるJournal of General Virologyの11月号に掲載される予定ですが、7月半ばにはインターネットのオンラインで公表されました。BSEの輸血により2頭が発病したことで、ランセット誌の論文の結果は本物であること、しかもこの第2例目はBSEを経口で接種して282日目という潜伏期の中間の時期の血液が輸血されたヒツジでした。さらに、BSEは実験感染ですが、スクレイピーの方は自然感染であって、それでも輸血で感染が伝播されたことになります。これらの点が重視されました。このような事前の発表になったものです。
今回、実験のリーダーであるフィオーナ・ヒューストン(Fiona Houston)は、さらに何頭かが新たに発病したことを発表しました。すなわち、BSEの輸血では24頭中5頭、スクレイピーの輸血では21頭中7頭が発病し、20−30%の伝播率になりました。血液の中には予想以上に高いレベルの病原体が含まれているとみなしています。
白血球以外の成分からの感染も疑われており、この発表内容は変異型CJD患者の血液の安全性について、大きな議論を引き起こすものと考えられます。
- 変異型CJDのサル・モデル
フランスでは1991年にBSEが見つかり、その時点からBSEの研究が始まりました。とくに、英国では行えないサルへの感染実験が注目されます。実験は原子力庁研究所のコリンヌ・ラスメザスが中心に行っています。BSEの脳乳剤が3頭のカニクイザルへ接種された結果では、1頭は36ヶ月目、ほかの2頭は40ヶ月目に発病しました。脳には変異型CJD患者の場合と同様の花模様のプラーク(クールー斑)が見つかっています。これは1996年に発表され、大きな反響を引き起こしました。
一方、変異型CJD患者の脳乳剤の接種も行われ、25ヶ月と30ヶ月でサルは発病しています。病変はBSEを接種されたサルの脳乳剤をサルに継代した場合と同じでした。
ところで、BSEウシの脳乳剤を接種されたサルは変異型CJDに相当すると考えられます。このサルの脳乳剤を別のカニクイザルに脳内接種した結果では、18ヶ月および20ヶ月で発病しています。静脈内に接種しても25ヶ月目に発病が見られました。これらは、変異型CJDのヒトからヒトへの伝達に相当する実験です。
これらのサルでは変異型CJDと同じように、リンパ組織にも異常プリオン蛋白が見いだされています。これからは、ヒツジでの輸血モデルのような実験がサルでも試みられるようです。
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