動物の病気
牛海綿状脳症(BSE)
■連続講座(山内一也東京大学名誉教授)
■現状と問題点
■BSE公開講演会(H14.10.24)
「BSEと食の安全性」
Gerald A.H.Well博士
「BSEの感染発病機序」
小澤義博博士
■Q&A(リンク)
わが国への侵入/蔓延が危惧される動物由来感染症
1. 狂犬病
2. ・ニパウイルス感染症
・ニパ(Nipah)ウイルス
感染症について(第一報)
小澤義博先生
3. 西ナイル熱
4. ウイルス性出血熱
5. ダニ媒介性脳炎
6. リフトバレー熱
7. Bウイルス感染症
8. エボラ出血熱
9. ハンタウイルス感染症
10. インフルエンザ
11. ボルナ病
12. オウム病
13. Q熱
14. 炭疽
15.エキノコッカス症
16.野兎病
■ウエストナイルウイルス感染症防疫マニュアル
口蹄疫
■口蹄疫Q&A
■極東における口蹄疫の発生状況
耐性菌問題
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霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第149回)8/29/2003
新刊書:「崩壊の予兆:迫りくる大規模感染の恐怖」
米国のピューリッツア賞作家ローリー・ギャレット(Laurie Garrtt)は、カミング・プレイグ(Coming Plague)(本講座106回)に続いて「信頼の裏切り」(Betrayal of Trust)というすばらしい著書を出版しました。その概要は本講座111回でご紹介しましたが、今回、その日本語版がカミング・プレイグの場合と同じく、野中浩一さんの翻訳、私の監修により、河出書房新社から出版されました。2段組で上下巻合わせて730ページあまりという大作です。
その内容の一部を、目次および巻末に私が書いた解説でもってご紹介します。
「目次」
- 日本語版への序:SARSの春、アジアからの緊急報告
序章:本当の進歩とは何か?
第1章:不潔と荒廃(肺ペストがインドを襲い、世界は誤った対応をする)
第2章:ランダランダ(ザイールにおけるエボラウイルスの流行は、政治的腐敗が公衆衛生を危機に陥れていることを明らかにした)
第3章:ブルジョワの生理学(旧ソヴィエト社会主義共和国時代に作られた偽りの公衆衛生がすべて崩壊する)
第4章:反政府志向と階層格差(政府離れの時代におけるアメリカの公衆衛生基盤)
第5章:生物戦争(恐怖の生物学的テロリズムと公衆衛生)
第6章:エピローグ(変貌する公衆衛生の様相と地球規模の予防の将来)
訳者あとがき
解説
「解説」
21世紀初めに突如出現した重症急性呼吸器症候群(SARS )は、未知のウイルス感染症による脅威が現実のものであることを全世界に示している。SARSは世界保健機関を中心とした活動により終息の方向に向かっているが、これからも再発の可能性がある。また、別の新たなウイルスが野生動物からジャンプしてヒトへの感染を起こす可能性もありうる。免疫が存在しない社会に広がる、このようなエマージング(新興)感染症に対して、我々が頼れるのは社会の健康を守るための公衆衛生対策である。
本書の著者ローリー・ギャレットは感染症の脅威とそれに対する公衆衛生基盤の現状を指摘した大作「カミング・プレイグ」を1995年に出版した。ちょうど、1980年の天然痘根絶宣言を契機に生まれてきた感染症時代の終わりという幻想から、エマージング感染症の現実に人々が目覚めはじめた時期であった。
「カミング・プレイグ」は全米に大きな反響を呼び、クリントン大統領からの賛辞まで寄せられた。環境破壊の問題を指摘したレイチェル・カーソンの「沈黙の春」に匹敵する20世紀の最高傑作のひとつとも評価された。
しかし、出版後に著者が悩んだのは、自らが指摘した問題に対する解決策である。ジャーナリストの任務は書くことであって、社会のジレンマの解決は自分の役割ではないとしながらも、地球人のひとりとして、この絶望的な現状を深刻に受け止めた著者は、公衆衛生こそが解決策であるとして、その実態を地球規模で調査を行い、その集大成として本書を書き上げたのである。
著者のローリー・ギャレットはカリフォルニア大学で生物学を学び、スタンフォード大学の博士課程では免疫学を専攻した後、米国の新聞ニューズデイの科学ジャーナリストとして活躍している。1995年にザイールで発生したエボラ出血熱に際して現地取材で行った報道活動に対しては、ピューリッツア賞が与えられている。ジャーナリスト分野ではピューリッツア(Pulitzer)賞のほかにピーボディ(Peabody)賞、ポーク(Polk)賞があり、3P賞と呼ばれているが、彼女はそのすべてを受賞している。1990年代半ばには、全米サイエンス・ライター協会の会長も務めていた。
本書は発展途上国のみならず米国のような先進国も含めて公衆衛生基盤に破綻が生じていることを克明に紹介したものである。その主な点をかいつまんで紹介してみる。
公衆衛生基盤がほとんど存在しない社会での感染症の実例としては、1994年にインドで発生したペストおよび前述の1995年にザイールで発生したエボラ出血熱の実態がある。一方、ロシアでは、旧ソ連の時代から公衆衛生の破綻が始まり、その結果もたらされた環境汚染を初めジフテリア、チフス、結核、エイズなど感染症の蔓延が起きている。米国では薬剤耐性菌による院内感染を初めとしてさまざまな公衆衛生にかかわる問題が浮上してきており、一方で経済発展により国民の多くは生活の場を郊外へと移動し、白人の中流階級に見捨てられた都市では急速な荒廃とともに、公衆衛生基盤が維持できなくなってきている。
そして他方では、微生物学の影の部分ともいえるバイオテロリズムが注目されるようになった経緯が紹介されている。バイオテロリズムの危険性が公開の場で初めて議論されたのは、1996年にCDCが主催した第1回国際エマージング感染症会議であった。これには筆者も参加した。なお、ここでローリー・ギャレットに会った際に彼女から日本におけるO157発生の経緯について鋭い質問をされたことが印象に残っている。
本書全体を通して示されているのは、世界の各地で公衆衛生が破綻を来している実態であって、まさに、地球規模での公衆衛生白書といえよう。
著者は最後に、生物兵器による攻撃、自然発生する感染症のいずれにせよ、国民の信頼の対象となるものはただひとつ、地域、国家、そして地球規模での公衆衛生基盤であると述べている。本書の原題名「信頼の裏切り(Betrayal of Trust)」は、公衆の信頼に応えるべき公衆衛生のシステムが、それにふさわしい現状になく、我々を裏切っていることを示したものである。
本書の翻訳がほぼ完了した頃、SARS が発生し、全世界に大きな衝撃を与えた。あらためて、本書を読み直してみると、まさにSARSで起きてきた社会混乱を目の当たりに見る感じを受ける。そして、SARSのような未知の感染症について的確な予言をしていたことがうかがえる。
日本語版の序文をローリー・ギャレットに依頼したところ、ちょうど彼女は中国でのSARSの取材の最中であった。中国からニューヨークに戻った後、6月末に長文の日本語版への序文が送られてきた。それは、現地での取材を通じてSARSと公衆衛生の問題についての生々しい現実を彼女の鋭い視点からくわしく紹介したものであった。単なる序文ではなく、SARSに関するひとつの章としても読み応えのある内容になっている。
「カミング・プレイグ」の日本語版の出版は、20世紀中に実現することができ、21世紀初めにはその続編ともいえる本書の出版にこぎ着けることができたことは、監訳者として大きな喜びである。SARSの発生でエマージング感染症への関心が広がっている現在、本書を通じて多くの人々が公衆衛生の重要性についての認識を高められることを期待したい。
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